【長野】松本城|パワースポット 松本城

長野県

松本城(まつもとじょう)は、長野県松本市にあった城である。安土桃山時代末期-江戸時代初期に建造された天守は国宝に指定され、城跡は国の史跡に指定されている。松本城と呼ばれる以前は深志城(ふかしじょう)といった。市民からは別名烏城(からすじょう)とも呼ばれている。文献上には烏城という表記は一切ない。

1618年の正月の二十六夜の月が東の空へ登る頃、天守番の藩士である川井八郎三郎のもとに、二十六夜様が美しい姫に身を変えて現れた。そのお告げは「我を、天守の梁の上に祭り、毎月26日に三石三斗三升三合三尺の餅をついて供え、それを藩士全員で分かち合えば国が豊かになる。」というものであった。これを藩主に伝え、明治維新に至るまで毎月続けられてきた。天守六階の梁には二十六夜神が祀られている。自己覚醒や人生開運のご利益があるとされています。

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松本城のパワースポット・見どころ

松本神社

松本神社(まつもとじんじゃ)は、長野県松本市丸の内にあり、松本城の北隣に鎮座する神社。地元では「ごしゃ(五社)」と呼ばれている。

前身は、縁結びおよび郷土発展の神として信仰を集めた暘谷(ようこく)大神社である。暘谷大神社は松本城主松平康長と松姫の子の虎松(孫六郎永兼)を祀る社として知られていたが、寛政9年(1797年)に、今宮八幡宮(戸田氏の先祖戸田宗光)、片宮八幡宮(戸田氏以前の三河国田原領主一色義遠)を勧請して合祀、 天保2年(1831年)には更に共武大神社(松平康長)、淑慎大神社(松姫)と合祀し五社とし、1953年の若宮八幡宮(松本城の前身深志城の築城者島立貞永)との合祀を期に、名称を松本神社と改めた。

御神木の大欅は境内の外、道路の中央分離帯上にある。縁結びのパワースポットとして有名です。

Info

参考URL 国宝 松本城 – 松本城をより楽しむ公式ホームページ
アクセス 松本ICから車で
JR中央本線松本駅からバスで
住所 〒390-0873 長野県松本市丸の内4−1
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類似のパワースポット

兵庫県姫路市:姫路城

姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市(播磨国飾東郡姫路)にあった城。

江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、ユネスコの世界遺産や日本国の特別史跡となっている。日本さくら名所100選に選定されている。

姫路城西の丸は、徳川家康の孫娘、千姫ゆかりの場所。その渡櫓の城外側は幅1間の廊下が約240m連なっており「百間廊下」と呼ばれている。城外に向けて石落としや狭間、鉄砲の煙出しの窓も付設されている。城内側は侍女達の部屋がある。

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愛媛県松山市:松山城

松山城

松山城(まつやまじょう)は、四国・愛媛県松山市にある城跡。別名金亀城(きんきじょう)、勝山城(かつやまじょう)。勝負運・金運のパワースポット

日本三大平山城にも数えられる。山頂の本壇にある天守(大天守)は、日本の12箇所に現存する天守の一つである。この中では、姫路城と同じく、大天守と小天守・南隅櫓・北隅櫓を渡り櫓(廊下)で結んだ連立式で、日本三大連立式平山城にも数えられる。別名「金亀城」「勝山城」とも呼ばれ勝負運や金運アップにご利益があるとされています。

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愛知県名古屋市:名古屋城

名古屋城(なごやじょう)は、尾張国愛知郡名古屋(現在の愛知県名古屋市中区・北区)にあった城郭である。通称、「金鯱城」、「金城」とも呼ばれた。

日本100名城に選定されており、国の特別史跡に指定されている。加藤清正にちなむ「清正石」があり、パワースポットとして人気。商売繁盛・金運・家内安全・愛情運・長寿などのご利益があるとされています。

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愛知県犬山市:犬山城

犬山城(いぬやまじょう)は、愛知県犬山市にあった城である。別名、白帝城。

現在は江戸時代前後に建造された天守が現存する。また、現存天守は国宝に指定された4城のうちの一つである。犬山城は木曽川からの龍脈が通り、龍穴があるという。

天守閣の東方に櫓に囲まれた「大杉様」という御神木がある。この杉は元々、犬山城よりやや背が高く(24.5m)、伊勢湾台風の際、落雷があり枯れてしまった。それ以降、地元の住民は、杉の木が犬山城の身代わりになってくれたとして、しめ縄をして祀っている。犬山城は風水でいう「」の上に建てられている。

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岐阜県岐阜市:岐阜城

岐阜城

岐阜城(ぎふじょう)は、岐阜市の金華山(稲葉山)頂上にある山城跡です。戦国時代には、斎藤道三公の居城でした。

岐阜城の名を天下に示したのは、不世出の英傑織田信長公がこの城を攻略し、この地方一帯を平定するとともに、地名も「岐阜」と改称し、天下統一の本拠地としてからです。

金華山一帯は2011年に「岐阜城跡」として国史跡に指定されています。その中でも岐阜城は岐阜県随一のパワースポットとされています。

岐阜城の地龍は、日本の三大風水の一つと言われています。龍脈に沿って龍の背びれまでがある真の活龍の山上に建てられています。

城というものはそれ自体にパワーが秘められているのですが、岐阜城には龍の力が強く流れ込んでおり、それが戦国武将の野心など強い力へと結びついたと言われています。

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