徳島県名西郡:焼山寺

焼山寺 徳島県

焼山寺(しょうさんじ)は徳島県名西郡神山町にある高野山真言宗の寺院。四国八十八箇所霊場の第十二番札所。摩盧山(まろざん)正寿院(しょうじゅいん)と号する。本尊は虚空蔵菩薩。

深い山中にあるため、四国八十八箇所霊場の中でも随一の難所として知られる。また、阿波霊場三難所の一つにも数えられ「一に焼山、二にお鶴、三に太龍」と呼ばれる。

本堂左奥から約1.1kmの登山道が伸びており焼山寺山頂(938m)の奥の院に通じる。蔵王権現を祀った堂のほかに竜王窟や大蛇封じ込めの岩がある。金運アップのパワースポットとして有名です。

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焼山寺のパワースポット・見どころ

山門

焼山寺の山門です。

大蛇封じ込めの岩

12番焼山寺の奥之院(蔵王大権現)ヘ行く途中にあります。番外霊場ではありませんがお大師様が修行のためこの山を登って行くと火を噴く大蛇がお大師様に襲いかかってきて全山火の海になったという。お大師様は虚空蔵菩薩の力を借りて大蛇をこの岩に閉じ込めた。この岩を見ていると作り話ではない事が想像できます。焼山寺山の名前の由来となった話です。

奥の院(蔵王権現堂)

焼山寺山の山頂付近にあるお堂で、蔵王権現を祀る。近くには空海が大蛇を封じ込めたところとされる竜王窟がある。

鐘楼

現在鐘楼に吊るされている鐘は2代目だが、元の梵鐘は1649年(慶安二年)に徳島藩第二代藩主蜂須賀忠英から寄進されたもので、徳島県の指定有形文化財となっている。

杖杉庵

焼山寺へ至る道の途中である焼山寺管理下のお堂で、四国八十八箇所のお遍路を最初に行った人物とされる衛門三郎終焉の地と伝えられている。四国八十八箇所霊場番外札所。

焼山寺のご利益

【ご利益】 厄除け・開運 など

【本尊】 虚空蔵菩薩

この山には神通力を持った大蛇が棲んでおり、しばしば火を吐いて農作物や村人たちを襲っていた。弘仁6年ころ、弘法大師がこの地に巡られた時、一本杉で休んでいた処、阿弥陀様があらわれた夢を見た。目を覚ますと目の前が火の海になっている。そこで麓の垢取川で身を清めて山に登ると、大蛇は全山を火の海にして妨害した。大師は「摩廬(水輪の意)の印いん」を結び、真言を唱えながら進んだのだが、大蛇は山頂近くの岩窟で姿をあらわした。大師は一心に祈願し、虚空蔵菩薩の御加護のもと岩窟に封じ込めた。そして自ら彫られた三面大黒天を安置し被害を受けていた民家の大衆安楽、五穀豊穣を祈った。また山は「焼山」となってしまったので大師が「焼山寺」と名付けた。「摩廬」の山号も「焼山」の寺名も、こうした奇異な伝説に由来しており、鎌倉時代の後期には後醍醐天皇(在位138?39)の勅願所となっている。境内は樹齢数百年の杉の巨木(県の天然記念物)が並び、巡礼者を迎えている。

四国八十八ヶ所霊場

古来、四国は国の中心地から遠く離れた地であり、様々な修行の場であった。讃岐で生まれた弘法大師もたびたびこの地で修行をし、八十八ヶ所の寺院などを選び四国八十八ヶ所霊場を開創したと伝えられる。その弘法大師の御跡である八十八ヶ所霊場を巡礼することが遍路である。

四国八十八ヶ所では、本堂のほかに弘法大師(空海)を祀る大師堂が必ずあり、遍路の際には本堂と共に大師堂にも参拝する。

参拝は本堂の前で納め札を納め読経をしたあとに、同じように大師堂の前でもお参りし、その後に納経所で納経帳などに朱印をしてもらうのが一般的である。

札所を巡礼することを「打つ」という。これは自分の名前を書いた木札をお寺に打ち付けていたことに由来する(現在は納札)。一番札所より始めて八十八番札所まで番号順に巡ることを「順打ち」、反対が「逆打ち」と言う。1回の「逆打ち」は「順打ち」3回分のご利益があると言われているが、「逆打ち」を一番最初に行ったのは伊予の国の衛門三郎と言われている。彼は弘法大師に会いたい一心で霊場を逆から回った。すべての霊場を一遍に打ち上げることを「通し打ち」、適当に区間を区切って打つのを「区切り打ち」という。巡礼は必ずしも「順打ち」する必要はなく、また「通し打ち」をしなければならない理由もない。また「一国参り」といって一つの県を一国にして回ることもある。

アクセス

徳島駅からバスで90分
車で15分
拝観時間
拝観料
住所    徳島県名西郡神山町下分字中318

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