愛知県名古屋市:大須観音

愛知県

大須観音は実は俗称で、正式な寺号は「北野山真福寺宝生院」といいます。

公称は「宝生寺」で、大須観音は大須界隈に住む市民が愛称として使われていて、そのまま駅名になるほど有名になったのです。

大須観音の観音様は日本三大観音の一つ。観音霊場としても有名なお寺です。

界隈を歩くとわかるのですが、大須商店街はこの大須観音があってこそ発展した商店街で、今も昔も時代の変化に柔軟に対応しながら発展し、いろいろな店舗が軒を連ねる巨大商店街の入口なのです。

大須観音のご利益は、厄除けや開運、商売繁盛、家内安全と、さまざまな効能があります。おすすめなパワースポットは、入り口にある仁王門です。とても大きな仁王門の左右には、仁王像があります。仁王門を撮影し、スマートフォンの待ち受けに設定すると運気が向上すると言われている。

鐘楼堂

大須観音の鐘楼堂は、華精の鐘と呼ばれ、地元の婦人会を中心として女人のみの寄進で鋳造された女人梵鐘で、子供達の成長を祈る母の愛の鐘とも称される観光の見どころです。

ちなみに、高さは2メートル・重量は1500キロ・直径1メートルという大きさを誇り、音韻持続時間は2分という美しい音色を響かせてくれて地元から親しまれている鐘楼堂です。

仁王門

大須観音には、本堂への参道の入り口に仁王門が設けられており、2層構造の建造物で、朱色が鮮やかでインスタ映えする撮影スポットとしてもおすすめの観光の見どころです。

ちなみに仁王門は、口を開いた阿形像と口を結んだ吽形像の2体を一対とした仁王様をお祀りし、寺院内に仏敵が入り込むことを防止する守護神として設けられているものです。

本堂

仁王門を通り過ぎると正面に本堂があります。本堂は明治時代と第二次世界大戦で2度焼失しました。現在の本堂は昭和45年(1970年)に再建ました。

大須観音は北野天満宮と所縁が深いので色々なところで梅の花の社紋を見ることができます。

おみくじ

大須観音でおみくじを引くと高確率で「凶」が出ると言われています。凶を引くと、「書かれたことに注意を払い、気を引き締めよう。」と、自分から気を付けようと自然に思わせてくれるためといわれています。

ご利益

「大須観音」とは実は通称で、正式名称は「北野山真福寺宝生院」です。菅原道真の知恵が頂けるというご利益が有名で、太宰府天満宮などと同じように「学問の神様」のご利益にあずかれるとされています。入試の時期に向けては、受験生たちやその家族が多く参拝に訪れ、賑わっています。またその他にも、厄除け・家内安全・身体健康・商売繁盛といったご利益が挙げられます。

豆知識

大須観音の成り立ちは実は名古屋ではなく、今の岐阜県羽島市
建立は1324年に後醍醐天皇の勅命により大須郷(今の岐阜県羽島市桑原町大須)に北野天満宮が建立されたことが始まりで1333年に同社の別当寺として創建された真福寺が始まりです。

1612年に徳川家康が犬山城城主の成瀬正成に命じて今の場所に町ごと移築しました。
水害が多かった羽島市から古事記の写経本を守るためにと言われていますが、寺領が一万石を超えていた寺院だったことで影響力が大きかったのでしょう。徳川幕府のお膝元、尾張徳川家の領地内に置かれました。

実は大須観音にはかつて五重塔が存在していました。

江戸時代に岐阜県から現在地へと移った後の文化12年(1815年)に建てられ、そこには空海の彫った「愛染明王像」という像が収められていたそうです。

ところが、明治25年(1892年)の「大須の大火」で本堂などともに五重塔は焼かれてしまいました。以降、五重塔以外の建物は再建されています。

本堂が2度目の焼失に遭った後には、五重塔も一緒に再建する計画があったようですが、資金難から再び五重塔がその姿を見せるにまでは至っていません。

アクセス

地下鉄大須観音駅から徒歩で(2番出入口を出てすぐ)
拝観時間  自由
拝観料   無料
住所    愛知県名古屋市中区大須2-21-47

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