「戸隠(とがくし)」の名は、「天照大御神(あまてらすおおみかみ)が、高天ヶ原の天の岩戸に隠れたとき、天手力雄命(たじからをのみこと)が、その岩戸をここまで投げ飛ばし、世に光を取り戻した。」との伝説による。廃仏毀釈までは聖観音菩薩を祀っていた。縁結び・ビジネス・仕事・癒し・浄化・厄除けなどのご利益があるとされています。
中腹には戸隠神社(奥社)がある。同じく修験道場として有名な飯縄山は東南東へ直線で約10kmほどの場所にある。また、北方約 4kmには高妻山がある。
古くから修験道場や戸隠流忍者の里とされ、周辺は蕎麦(そば)の名産地として知られる。
戸隠山は鬼女紅葉の伝説としても名高く、紅葉のパワースポットといわれています。紅葉伝説(もみじでんせつ)とは、信州戸隠、鬼無里(現・長野県長野市)に伝わる鬼女にまつわる次のような伝説である。
戸隠山のパワースポット・見どころ
戸隠山の紅葉伝説
戸隠神社中社
戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市北西部の戸隠山周辺に鎮座する五社。
中社(ちゅうしゃ)の現在地への鎮座は寛治元年(1087年)、宝光社と同時期に奥社の相殿として創建された。現在の祭神は天八意思兼命(あめのやごころおもいかねのみこと)で、天照大神が天岩戸に隠れたとき岩戸神楽(太々神楽)を創案し、岩戸を開くきっかけを作ったとされる神。知恵の神ともされる。
境内周辺には樹齢約900年の三本杉があり天然記念物に指定されている。火之御子社の上1.5kmほどに位置する。
本殿脇にある小さな滝がパワースポットだという。心願成就、五穀豊穣、スポーツ必勝などのご利益があるとされています。
戸隠神社奥社
戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市北西部の戸隠山周辺に鎮座する五社。奥社(おくしゃ)の祭神は天手力雄命(あめのたぢからおのみこと)で、天照大神が隠れた天岩戸をこじ開けた大力の神。神話では天手力雄命が投げ飛ばした天岩戸が現在の戸隠山であるとされる。
中社から車で2.5kmほど車道を登った後、まっすぐ続く約2kmの参道(車両進入禁止)を登りきった場所にある。途中に赤い「随神門(山門)」があり、その奥は17世紀に植えられたとされる杉並木になっている。神仏分離以前は随神門より奥の参道左右に子坊が立ち並んでいた。旧奥院。心願成就、五穀豊穣、スポーツ必勝などのご利益があるとされています。
戸隠神社九頭龍社
戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市北西部の戸隠山周辺に位置する、奥社、中社、宝光社、九頭龍社、火之御子社の五社を配する神社である。
九頭龍社(くずりゅうしゃ)の祭神は九頭龍大神。奥社のすぐ下にあり境内社のようになっているが、創建は奥社より古くその時期は明らかでない。天手力雄命が奉斎される以前に地主神として奉斎され、心願成就の御神徳高く特別なる信仰を集めている。
また、岩窟に封じた九頭龍権現を祀っており、それは古来より水の神、雨乞いの神、虫歯の神、縁結の神として尊信されている。本来はこの神社が根源神であったとも思われる。縁結び・ビジネス・仕事・癒し・浄化・厄除けなどのご利益があるとされています。
戸隠神社火之御子社
戸隠神社(とがくしじんじゃ)は、長野県長野市北西部の戸隠山周辺に鎮座する五社。火之御子社(ひのみこしゃ、日之御子社)の創建は天福元年(1233年)。祭神は天鈿女命(あめのうずめのみこと)。他に高皇産霊命(たかむすびのみこと)、その娘である栲幡千々姫命(たくはたちちひめのみこと)、栲幡千々姫命の夫である天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)を祀る。天鈿女命は天照大神が隠れた天岩戸の前で面白おかしく踊って天照大神を誘い出すきっかけをつくったとされる女神。舞楽や芸能、また火防の神とされ、宝光社の上1.5kmほどの場所にある。尚、他の4社が神仏混淆であった時代も当社だけは一貫して神社であって、かつての顕光寺とは関係がない。
「火之御子社」は、天岩戸の前で舞を舞った女神・天鈿女命(あめのうずめのみこと)を祀り、舞楽芸能上達、開運、火防、縁結びなどにご利益があるとされています。
Info
参考URL | 登山情報 | 戸隠観光協会公式ホームページ 観光・イベント情報 |
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住所 | 〒381-4101 長野県長野市戸隠 |
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