香川県善通寺市:善通寺

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香川県

善通寺(ぜんつうじ)は、香川県善通寺市にある寺院。真言宗善通寺派総本山。屏風浦五岳山誕生院と号する。

本尊は薬師如来。四国八十八箇所霊場の第七十五番札所。空海(弘法大師)の誕生の地とされる。お砂踏み道場で四国八十八ヶ所を一気に巡拝できる。

弘法大師誕生の地と言われる御影堂(みえどう)では、地下を一周する約100mの真っ暗な回廊を歩く修行「戒壇めぐり」を体験できる。写経も学べる他、宿泊施設も備えられている。

火のパワーの強いパワースポットと言われており、金運、縁結び、商売繁盛などのご利益があるとされています。

東院「伽藍」

金堂

善通寺の本堂である金堂は、伽藍(東院)の中央に位置します。創建期の建物は、永禄元年(1558)の兵火によって焼失し、元禄12年(1699)に再建されたものです。棟梁は竹内甚左衛門盛貞です。一重裳階付入母屋造の本瓦葺で、床は土間に平瓦を敷き詰めています。正面と両側面には火灯窓(花頭窓)が配され、その上部には四面すべてに「ゆらぎ」の連子欄間が施されています。床の構造も含めこれらの意匠上の特徴は、禅宗様という建築様式にもとづくものです。装飾は極めて簡素ですが、かえって本尊の偉容を引き立てています。
金堂内の中央須弥壇上に座すのが、善通寺の本尊・薬師如来坐像です。御室大仏師・北川運長の製作で、元禄13年に完成しました。像高は3m。ヒノキ材による寄木造で、表面は漆地に金箔を押しています。また、眼には水晶を嵌め込んで生気に満ちた表情をつくりだしています。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/konndou/

五重塔

基壇から相輪までの高さが約43メートルの五重塔は、国内の木造塔として3番目の高さを誇ります。創建以来いくたびかの倒壊、焼失により再建を繰り返し、明治35年(1902)に完成した現在の五重塔は、4代目となります。

塔の中には、密教思想の中心的存在である五智如来(五仏)が安置されています。そのうち4体は、1階の壇上、心柱を囲むように安置されています。東は白象にのる阿閦(あしゅく)如来、南は馬にのる宝生(ほうしょう)如来、西は孔雀にのる阿弥陀如来、北は金翅鳥(迦楼羅)にのる不空成就(ふくうじょうじゅ)如来です。そして、五智如来の中尊大日如来(非公開)は5階の厨子内に安置されています。

この五重塔には、一般的な木造多層塔とは異なるふたつの特徴があります。ひとつは五層、すべての階の天井が高くつくられ、人が立って歩けるようになっている点です。こうした構造はめずらしく、以前は5階まで上がって眺望を楽しめたそうです。

もうひとつの特徴は、「懸垂工法」です。塔の中心には心柱が通っています。心柱は塔全体を支える重要な部材のはずですが、善通寺の五重塔の心柱は、地面(基礎の礎石)から浮いているのです。心柱は5層目屋根裏で鎖を使って吊り下げられ、それ以外の周りの部材とは構造的につながっていないのです。この心柱の構造上の役割は未だ解明されていません。

毎年、ゴールデンウィークには1階と2階の内部が特別公開されています(拝観料:一般300円)。堂内のほとけさまが拝観でき、心柱が礎石から浮いている状態もご覧いただけます。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/konndou/

南大門

南大門は、東院(伽藍)の南に位置する善通寺の正門です。現在の建物は日露戦争戦勝を記念して明治41年(1908)に再建されたものです。

高麗門と呼ばれる形式で造られており、高さは9.7mあります。正面上方には善通寺の山号である「五岳山」の扁額が掲げられています。意匠の細部に目をやると、てっぺんの棟積の水板部分には、龍・迦陵頻伽(かりょうびんか)・鳳凰が立体的にあらわされ、四隅の軒先には四天王像(南東:持国天、南西:増長天、北西:広目天、北東:多聞天)が鎮座します。

弘法大師空海の生涯とその奇跡・霊瑞をあらわした「高野大師行状図画」には善通寺の門に掲げられていたとされる弘法大師自筆の額に関する話が載せられています。

~その昔、善通寺には弘法大師筆の扁額が掲げられた門があった。陰陽師・安倍晴明は縁あって讃岐国を訪れる機会があり、この門の前にさしかかると配下の鬼神がもつ松明(たいまつ)の火が消え、門を通り過ぎると再び火がともったという。これを見て晴明は、この門には四天王がおり、寺を火災から守護していることを感じ取ったという。~

南大門に掲げられた四天王はこの霊瑞に基づいているのです。

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大楠

南大門北と五社明神社のかたわらにある2株の楠は、いずれも樹齢千数百年と伝え、お大師さまの幼少の頃、そして善通寺の創建当時を偲ばせる大木です。「善通寺境内の大グス」として香川県の天然記念物に指定されています。

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釈迦堂

仏教の開祖である釈迦如来と十大弟子を安置しています。現在の建物は江戸時代・延宝年間(1673~1680)建立で、もとは西院(誕生院)の御影堂でした。天保2年(1831)の御影堂新築にあたり現在の場所への移転されたものです。木造釈迦如来坐像は江戸時代の製作で、作者は未詳です。

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佐伯祖廟

お大師さまの父君・佐伯善通卿「佐伯明神」と母君・玉寄御前「玉寄明神」おまつりしています。もとは、香色山のふもとにあった小高い丘(現駐車場)の上に「佐伯八幡宮」としておまつりされていました。

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五社明神

香川県天然記念物の大グスを背景にして、南北に並んで立つ2棟の建物が五社明神社です。流造、本瓦葺の社殿で、周囲に玉垣を廻らします。厳かな雰囲気をもつ善通寺の中でも印象的な景観のひとつです。現在の社殿は、永禄元年(1558)の兵火後に再建された江戸時代前期のものです。

二つの社殿には五柱の神が鎮座します。北側社殿に大麻明神、大歳明神、蕪津明神が、南側社殿に雲気明神、広浜明神がそれぞれおまつりされています。いずれも、善通寺周辺の鎮守神を勧請(神仏を分霊しておまつりすること)したものです。弘法大師は、寺院を建立される折、在地の鎮守神を大切にされ、社殿をたてて勧請し尊崇されました。

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三帝御廟

「三帝」とは、後嵯峨天皇、亀山天皇、後宇多天皇にあらせられ、しばしば綸旨・院宣を賜わり、篤い庇護を頂戴いたしました。その遺徳をたたえるために建立された宝塔です。近年まで、伽藍の北100mほどの住宅地にありましたが、昭和39年(1964)に現在地に移されました。

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法然上人逆修塔

逆修塔とは、死後の往生をねがって生前に自らが建立するものです。塔は、高さ4尺(約130cm)の石造の五輪塔です。室町時代前期~戦国時代の制作年代の異なる部材により構成されています。

法然上人は讃岐に配流になった際、敬慕する弘法大師空海の誕生地である善通寺に参詣しました。

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赤門

東門が本来の名称ですが、その朱色の塗装から「赤門」と呼ばれています。この門からつづく赤門筋商店街は、かつては丸亀・多度津方面からの参拝者でにぎわいました。また、商店街内には「乳薬師」(赤門七仏薬師)があります。

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足利尊氏利生塔

足利尊氏・直義が、暦応元年(1338)、南北朝の戦乱犠牲者の菩薩を弔い国家安泰を祈念し、国ごとに一寺・一塔の建立を命じたことに由来する多層塔。製作は鎌倉時代前期~中期ごろとされる。

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龍王社

金堂の西側には池があり、その中の島に建つ小さな祠が龍王社です。水中にすみ雨を呼ぶ力をもつという善如龍王がまつられています。

讃岐(香川県)は雨が少なく、古代から日照りによる農作物への被害が多発していました。五穀豊穣は統治上の最重要課題であり、弘法大師空海が別当として修築した満濃池もその対策のためですが、同時に雨を降らせるための祈りは、寺社に求められた大事な役目のひとつでした。江戸時代までは、ここでしばしば祈雨の修法が行われました。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/ryuousha/

西院「誕生院」

御影堂

御影堂のある誕生院は、弘法大師空海が生まれた佐伯家の邸宅跡に建てられた寺院です。江戸時代まで独立した寺院として善通寺全体を監督、管理していました。その中心となるのが御影堂です。現在の建物は天保2年(1831)の建立で、昭和12年(1937)に大規模な改修を行っています。
「御影」とは、一般的には祖師そしてそのお姿をいいます。真言宗では弘法大師空海のお姿を指し、御影堂奥殿の厨子内には秘仏・瞬目大師(めひきだいし)像がおまつりされています。寺伝では、空海が唐にわたる際、寂しがり心配する母上のために、池に映る我が身を写した画像だと伝えられています。そしてその厨子前には木造の弘法大師像と四天王像を安置し、幼少時のお大師さまの姿をあらわした稚児大師像やご両親の佐伯善通、玉寄御前の像もあわせて奉安されています。この奥殿は玉寄御前のお部屋があった場所と伝えられており、まさにここが大師信仰の聖地なのです。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/miedou/

産湯井

お大師さまが御誕生された折に用いられた産湯の井戸です。御影堂奥殿の南に位置し、戒壇めぐり・宝物館拝観とあわせて拝観できます。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/ubuyui/

御影池

佐伯家の方々がお住まいの頃は、その邸宅の庭にあった池でした。お大師さま入唐留学の折、自身を水面に映し、自像を描いて母君に差し上げられたと伝わり、この池の名を「御影池」といいます。中央には、弘法大師が御入定後に住まわれるという兜率天(とそつてん)の教主である弥勒菩薩坐像を安置し、修行中のお大師さまとご両親の像がとり囲みます。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/mikageike/

宝物館

宝物館は、善通寺が所蔵する文化財を保存・公開するため、明治40年(1907)に創設されました。現在の建物は昭和47年(1972)の竣工です。国宝の金銅錫杖頭(こんどうしゃくじょうとう)、一字一仏法華経序品(いちじいちぶつほけきょうじょぼん)をはじめ、重要文化財の木造地蔵菩薩立像、木造吉祥天(きっしょうてん)立像などのほか、経典・聖教(しょうぎょう)・古文書をふくめると約2万点を収蔵しています。そのうち約30点を「寺宝名品展」として常設展示しています(展示替あり、一部の所蔵品は非公開)。

国宝「金銅錫杖頭」

錫杖とは僧侶や修行者がもつ法具のひとつで、左右についた遊環をゆらして音を出し、邪をはらい空間を清浄にする働きがあるとされます。この錫杖は空海が師の恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から授かって持ち帰ったと伝わるもので、最も重要な寺宝のひとつです。総長55cm、表裏の中央には阿弥陀如来像と脇侍の菩薩立像、その左右に四天王を配しています。鑞型による鋳造で、中国・唐代の金工品の中でも傑出したできばえを示す名品です。
※通常は、写真パネルによる紹介です。毎年6月13・14日に原品の特別公開を予定しています。

国宝「一字一仏法華経序品」

経文と仏像を一行おきに書写する経仏交書経の遺品。一文字一文字が仏(ほとけ)であることを示しています。寺伝によれば弘法大師空海が経文を書き、母の玉寄御前が仏さまを描いたとされています。縦30cmほどの上質の和紙を42枚つなぎ、長さ21mに及ぶ巻子仕立。一行10文字詰420行で、総字数4187です。経文は端正な和様楷書体、仏像はおおらかな筆記とあざやかな色彩で描かれています。

引用元:https://www.zentsuji.com/about/houmotsukan/

護摩堂

不動明王をおまつりするお堂で、現在の建物は昭和15年(1940)の落慶です。堂内中央壇上に、不動明王坐像を安置し、その正面に護摩壇を設けており、諸願を祈祷する「護摩」の修法が行われます。護摩とは密教の秘法で、不動明王を奉じて供養し、壇上の炉に火を起こして「護摩木」を焼べて祈祷します。護摩木に込められた諸々の願いは炎によって清められ、煙となって諸仏に届けられます。

毎月28日はお不動さまの縁日です。護摩堂で御祈願を行っています。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/gomadou/

パゴダ供養塔

パゴダ供養塔は、太平洋戦争中にビルマ戦線で亡くなられた全国18万有余の方々、また、ビルマ国独立のために戦死した人々、イギリス・インド軍の戦士の霊を合祀しています。昭和45年(1970)8月15日建立。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/pagotakuyoto/

親鸞堂

浄土真宗の開祖、見真大師親鸞(けんしんだいししんらん)をおまつりするお堂です。内陣の黒漆塗り厨子内には、木造の親鸞坐像が安置されています。笑みを浮かべる親しみやすいお顔だちです。木彫の親鸞像は珍しく、別名を「鎌田の御影」といいます。

親鸞聖人の師である法然上人が参詣した善通寺に自らも訪れたいという願いを果たせず、その願いを込めこの木像を送られたと伝わっています。

この他、善通寺には法然上人が建立したと伝える逆修塔があり、鎌倉時代に参詣したと伝わっています。法然上人の弘法大師空海に対する敬意の念はおそらく親鸞にも受け継がれ、浄土真宗の門徒による堂宇の建立へとつながったのでしょう。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/sinnranndou/

聖天堂

「聖天さん」として親しまれる大聖歓喜自在天は歓喜天とも呼ばれます。あらゆる罪障を取り除き、富貴財福をも受けるとともに縁結び・夫婦和合・子授け等、その功徳は広大無辺です。現在の建物は、平成16年(2004)に上棟・再建されたもので、設計は孤島慧快氏が手がけました。毎月1日、16日に月例法会が営われます。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/seitenndou/

仁王門

西院(誕生院)の正門。門の正面左右には金剛力士像(仁王)が立ち、西側には大草履が奉安されています。現在の建物は明治22年(1889)の再建ですが、金剛力士像は南北朝時代・応安3年(1370)の製作です。この仁王門前の石橋は、昔は毎月20日にのみ通行できたということから「廿日橋(はつかばし)」と呼ばれています。

引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/nioumon/

済世橋

境内西側の参拝者用駐車場から西院(誕生院)にかかる橋。昭和53年(1978)に、西門にあたる「正覚門(しょうがくもん)」と共に建設されました。橋の欄干には、真言八祖の名号をあらわす種子が刻まれています。
引用元:https://www.zentsuji.com/keidai/saiseibashi/

アクセス

善通寺駅から徒歩で15分
拝観時間  午前7時~午後5時

住所    香川県善通寺市善通寺町3丁目3−1

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