広島県 パワースポット

広島_厳島神社

厳島神社

広島_厳島神社

当社の御祭神は天照大御神(あまてらすおおみかみ)と素盞鳴尊(すさのおのみこと)が高天原(たかまのはら)で剣玉の御誓(うけい)をされた時に御出現になった神々で、御皇室の安泰や国家鎮護、また海上の守護神として古くから崇信を受けられた。

宮島に御鎮座地を探されるにあたり、この島を治める佐伯鞍職(さえきのくらもと)に神勅が下った。鞍職は大神様が高天原から連れてきた神鴉(ごからす)の先導のもと、御祭神と共に島の浦々を巡り、海水の差し引きする現在地を選んで御社殿を建てたのは、推古天皇御即位の年(593年)であると伝えられる。

その後安芸守となった平清盛(たいらのきよもり)が当社を篤く崇敬し、仁安3年(1168年)に寝殿造の様式を取り入れた御社殿に修造した。清盛の官位が上がるにつれ平家一門のみならず、承安4年(1174年)に、後白河(ごしらかわ)法皇の御幸(ごこう)、治承4年(1180)3月と9月に高倉上皇の御幸(ごこう)があるなど、多くの皇族・貴族が参詣され、都の文化がもたらされた。

当社に対する崇敬は、平家から源氏の世になっても変わることなく、又時代が移り室町時代の足利尊氏や義満、戦国時代の大内家、毛利家などからも崇拝された。

松島・天橋立と並び日本三景「安芸の宮島」として知られ、平成8年(1996年)にはユネスコの世界文化遺産に登録され現在にいたる。

出典:http://www.itsukushimajinja.jp/history.html

御祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)。家内安全、試験合格、商売繁盛、航海安全の御利益がある。

住所  広島県廿日市市宮島町1-1

仙酔島

仙酔島

仙酔島(せんすいじま)は、広島県福山市の鞆の浦に浮かぶ島で、鞆の浦のシンボル的な島である。約9000万年前の大規模な火山活動により主に溶結凝灰岩で形成されたもので地質的に非常に希少なものとなっている。恋愛成就にご利益があるとされています。

対岸の福禅寺対潮楼は、江戸時代を通じて朝鮮通信使のための迎賓館として使用された。1711年に対潮楼を訪れた従事官の李邦彦は、客殿から見た仙酔島や弁天島の景色にいたく感動し、「日東第一形勝(朝鮮より東で一番美しい景勝地の意)」と賞賛した。元々、仙酔島という名前も”仙人も酔ってしまうほど美しい島”という意味である。

またこの島には、日本で唯一ここにしかない五色岩がある。明治天皇、大正天皇、昭和天皇、今上天皇、徳仁親王など、明治時代以後の天皇・皇后・皇族らが好んで何度も訪問している。

住所 広島県福山市鞆町後地

弥山

弥山(みせん)は広島県廿日市市宮島町の宮島(厳島)の中心にそびえる山。古くからの信仰の対象になっている。

頂上には数々の奇岩が点在する。北側斜面には、国の天然記念物となっている「瀰山原始林(弥山原始林)」が存在し、暖温帯性針葉樹のモミと南方系高山植物ミミズバイの同居やヤグルマの群落など、特異な植物・植生の分布が見られる。

山頂付近には御山神社(みやまじんじゃ)、山頂付近から山麓にかけては大聖院の数々本お堂、裾野には厳島神社を配し、信仰の山とし古くから参拝者が絶えない。空海が唐から帰国した翌年に、宮島に立ち寄り、護摩を焚き100日間に及ぶ求聞持(ぐもんじ)の秘法を修し弥山を基した、とされる。頂上の霊火堂には、その時使った霊火が、「消えずの火」として1200年経つ現在も燃え続けており、とりわけパワースポットとして注目される。

宮島ロープウエー獅子岩駅(山頂駅)には、「恋人の聖地」のモニュメントがあり、二人の絆を深める「誓いの火」がある。徳、智慧、降伏の徳、家内安全にご利益があるとされています。

住所 広島県廿日市市宮島町

吉備津神社

吉備津神社(きびつじんじゃ)は、岡山県岡山市北区にある神社である。備中国一宮および吉備総鎮守。延喜式神名帳には吉備津彦神社(きびつひこのじんじゃ、きびつひこじんじゃ)とあり、かつては吉備津彦神社とも称していたが、現在は吉備津神社を正式名としている。御祭神の大吉備津彦命は、吉備国一帯では殖産興業の総親神(そうおやがみ)として、また、延命長寿の神として崇敬されてきた。

社伝によれば、吉備津彦は吉備中山の麓に茅葺宮を造って住み、281歳で亡くなって中山山頂に葬られた。吉備津彦の5代の子孫の加夜臣奈留美命が茅葺宮に社殿を造営して吉備津彦を祀ったのが当社の始まりと伝える。

境内には、南隋神門から続く398mのなだらかな「廻廊」や、受験生に人気の学問・芸能の神様を祀る「一童社」、四季の花々や樹齢600年を超す「イチョウの神木」など見所が多い。

また、吉備津のこまいぬという愛らしいお守りがある。座った犬と立った犬、鳥の3体が一つになった素朴な土細工で、火難・盗難除けとして人気がある。御祭神は、大吉備津彦命。 開運招福・厄除け・長寿・交通安全などのご利益があるとされています。

住所 広島県福山市新市町宮内400

鞆の浦

鞆の浦(とものうら)は、広島県福山市鞆町の沼隈半島南端にある港湾およびその周辺海域。

現在は鞆港の港周辺の市街を含めた範囲も「鞆の浦」と呼ぶことも多いが、本来「鞆の浦」とは「鞆にある入り江」という意味であり鞆港を中心とした海域のことである。沿岸部と沖の島々一帯は「鞆公園」として国の名勝及び国立公園に指定されている。

住所 広島県福山市鞆町

大聖院

大聖院(だいしょういん)は広島県廿日市市宮島町にある真言宗御室派の大本山の寺院。山号は多喜山(たきやま、「滝山」とも)、多喜山大聖院水精寺(すいしょうじ)と号する。

宮島で最古の歴史を持つ寺院であり、厳島神社の別当寺として祭祀を司り、社僧を統括してきた寺院である。

観音堂本尊の十一面観世音菩薩、勅願堂本尊の波切不動明王のほか、三鬼大権現、七福神、一願大師など数多くの仏像が安置されている。大聖院は中国三十三観音第十四番札所、山陽花の寺二十四か寺第一番札所や、広島新四国八十八ヶ所霊場第八十七番札所でもあり、紅葉の名所でもある。

大聖堂には長い階段を登るが、その間には、一回まわすと経文を一度唱えた事とする「マニ車」が並んでいる。宮島を訪れたら是非チェックしておきたいパワースポット。

住所 広島県廿日市市宮島町

大宝山千光寺

千光寺(せんこうじ)は広島県尾道市東土堂町の千光寺公園内にある真言宗系の単立寺院。山号は大宝山(たいほうざん)。本尊は千手観音。中国三十三観音第十番札所、山陽花の寺二十四か寺第二十番札所である。

境内からは尾道の市街地と瀬戸内海の尾道水道、向島等が一望でき、ここから取られた写真がよく観光案内などに使用されている。

玉の岩という巨石がある。かつては頂上に光る石があったという。古代の灯台であったという説がある。

この玉の岩と大師堂の間、鼓岩、梵字岩あたりが特にパワーが得られるという。風の気のパワースポット。また千光寺へと続く細い石畳の坂道には、福石猫と呼ばれる石に描かれた猫が、あちこちに置かれている。大願成就、縁結びなどにご利益があるとされています。

住所 広島県尾道市東土堂町15-1

二葉山

二葉山は広島県広島市、広島駅のすぐ真北にある山。世界一のシリブカガシの自然林を有する。徳川家康を祀り、勝負運や安産祈願のご利益があるとされています。

風水では二葉山には龍穴があり、巨大な大地のエネルギーが流れると言われる。広島城の鬼門に位置する。

住所 広島県広島市東区牛田南2丁目

大願寺

大願寺(だいがんじ)は、広島県廿日市市(旧佐伯郡宮島町)にある高野山真言宗の寺院。山号は亀居山。院号は放光院。本尊は龍神(秘仏・非公開)。金運・財運のご利益があるとされています。

日本三大弁財天のひとつでもあり、神仏を同時に祀っていた明治以前は、厳島神社の主神市杵島姫命と仏教の弁財天が同一視されていた。大願寺の創建年代等は不詳であるが、寺伝によれば平安時代初期に空海によって開かれたとも伝えられるが、一説によれば鎌倉時代初期の建仁年間(1201年~1204年)了海によって開かれたとも伝えられる。古くから大聖院とともに厳島神社との関係が深かった。

住所 広島県廿日市市宮島町3

艮神社

艮神社(うしとらじんじゃ)は、広島県尾道市の神社。拝殿の前に樹齢約900年のクスの巨木が枝を広げ、参道前には御供水という井戸が残る。 学業成就や交通安全にご利益があるとされています。

住所 広島県尾道市長江1丁目

大久野島

大久野島(おおくのしま)は、瀬戸内海に位置する島で、芸予諸島の1つ。広島県竹原市忠海町から沖合い3キロメートルに位置し、周囲は4.3キロメートル。癒しのパワースポットとして有名です。

1934年(昭和9年)に瀬戸内海国立公園に指定されている。地図から消された島や毒ガス島などと呼ばれ、太平洋戦争下の化学兵器製造の実態を今に伝えている。また近年では多数のウサギが生息することでも知られ、ウサギ島とも呼ばれる。

住所 広島県竹原市忠海町

広島東照宮

広島東照宮(ひろしまとうしょうぐう)は、広島県広島市東区にある神社(東照宮)である。繁栄運、勝負運、仕事運、上昇運、商売繁盛、家内安全などにご利益があるとされています。

二葉山中腹にあり、裏手に金光稲荷神社がある。御祭神は東照大権現(徳川家康)で、没後50年ごとに「通り祭礼」という式典が行なわれる。

徳川家光は日光東照宮を建立後、諸大名に東照宮の造営を勧めたため、全国各地に東照宮が創建されていった。広島東照宮もその中の一つである。

1945年(昭和20年)広島市への原子爆弾投下の際にも全壊を免れており、現存する被爆建物の一つ。

住所 広島県広島市東区二葉の里2丁目1-18

岩屋山

岩屋山は、広島県尾道市の山。尾道の代表的な寺三山(浄土寺・西国寺・千光寺)をはじめとする多くの寺社がこの山を向いている。

山頂近くには真っ二つに割れた巨石があり、線刻や不動明王像がある。この岩屋巨石は、冬至と夏至の朝日、夕日の交差する場所に配置されており、線を結ぶと正六角形が表れる。人工的に作られたもの、という説もある。

尾道の千光寺にある巨石と繋がっているラインが気の通り道だとも言われる。岩屋山北側には大元神社が祀られており、大元大御神(天常立尊・国常立尊・伊邪那岐命・伊邪那美命・天照大御神)を祀っている。

住所 広島県尾道市向東町

葦嶽山

葦嶽山(あしたけやま)は、広島県庄原市の東部、本村町に位置する山である。標高815m。中腹部から山頂付近にかけ人工的に積み上げたようにも見える岩の形跡などがある。

酒井勝軍によって「23,000年前のピラミッドである」と発表され、「日本ピラミッド」として有名になった。古くは神武天皇陵と伝えられていた。

頂上は杉の巨木に囲まれ、祭神を彦火火出見命とする蘇羅彦神社がある。葦嶽山から尾根続きの鬼叫山(ききょうざん)には、不思議な形状の鏡岩、烏帽子岩など、古代の謎の祈場跡とも云われる巨石群がたくさんある。

酒井勝軍によると、葦嶽山が世界最古のピラミッドの本殿で、鬼叫山が拝殿であるとのこと。

住所 広島県庄原市本村町1761

千畳閣

千畳閣(せんじょうかく)は、広島県廿日市市の厳島神社境内にある建造物である。現在は、厳島神社末社豊国神社(とよくにじんじゃ)の本殿となっており、豊臣秀吉と加藤清正が祀られている。

隣に建つ五重塔とともに重要文化財に指定されている。出世のご利益があるとされています。

住所 広島県廿日市市宮島町459

三瀧寺

三瀧寺(みたきでら)は広島県広島市西区三滝本町の三滝山(宗箇山)の中腹にある高野山真言宗の寺院。三滝寺とも書かれる。

中国三十三観音の第十三番札所や広島新四国八十八ヶ所霊場第十五番札所で、桜や紅葉の名所としても知られる。

寺伝によれば809年(大同4年)空海(弘法大師)による創建とされ、「三滝観音」として古くから親しまれている。

境内には水流の異なる「駒ヶ滝」「梵音の滝」「幽明の滝」の三滝があり、その水は平和記念式典の献水にも使われている。

住所 広島県広島市西区三滝山411

鳴滝

鳴滝は広島県山県郡北広島町にある滝。「おおあさ鳴滝露天温泉」の奥に位置する。龍脈上に位置し、白虎砂の鳴る滝だという。

住所 広島県山県郡北広島町大朝

福禅寺

福禅寺(ふくぜんじ)は、広島県福山市鞆町にある真言宗の仏教寺院。山号は海岸山、院号は千手院。境内は「朝鮮通信使遺跡鞆福禅寺境内」として国の史跡に指定されている。

住所 広島県福山市鞆町鞆2

白滝山

白滝山は、広島県尾道市因島にある山。標高226.9m。村上水軍の6代当主・村上新蔵人吉充が、永禄12年(1569年)に青木城を築城した際、布刈瀬戸の見張り所として観音堂を建立したと伝えられる。

参道や山頂付近に点在する五百羅漢(実際は700体程度)の石仏は、1830年に一観教の創始者・柏原伝六とその弟子たちが3年余りの年月をかけ作ったもの。一観教は、神道・仏教・キリスト教・儒教を一つに融合した新興宗教で、最盛期には因島に数千人余の信者を集めたが、藩からキリシタンの疑い掛けられ、教祖は投獄、翌年には獄中で不慮の死を遂げた。白滝山の山頂付近には「恋し岩」がある。

昔、結婚の約束をした男女がおり、男が立派な相撲取りになると上京したが、約束の三年を過ぎても戻ってこないため、女は忘れられたと思い、海に身を投げてしまった。男が嘆き悲しんでいるとき、身投げした女の化身が岩となって現れていることを知り海からその岩を背負って白滝山山頂の観音堂まで運び奉った、という伝説がある。

この岩をなでながら願うと恋が叶うという。春は桜、秋は紅葉を楽しむことができ、瀬戸内海を望む夕日のスポットでもある。因島八十八ヶ所霊場の第85番札所「八栗寺」がある。

住所 広島県尾道市因島重井町

金蓮寺

金蓮寺は、広島県尾道市因島の曹洞宗寺院。因島水軍城のふもとにあり、中世、瀬戸内で活躍した「村上水軍」の菩提寺である。開運にご利益があるとされています。

境内の墓所には村上家やその家臣の石塔、また明治維新の元勲・鴻雪爪(おおとりせっそう)の墓もある。また因島八十八ヶ所霊場第11番札所「藤井寺」がある。

住所 広島県尾道市因島中庄町3225

沼名前神社

沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)は広島県福山市鞆町後地にある神社である。大綿津見命を主祭神とし、須佐之男命を相殿に祀る海の神様である。地元では「祇園さん」と呼ばれており、京都の祇園神社(八坂神社)の本社に当たる。備後国沼隈郡の延喜式内社であった沼名前神社(ぬなさきじんじゃ)の有力論社である。

御祭神は大綿津見命(オオワタツミノコト)と学問の神・須佐之男命(スサノオノミコト)。豊臣秀吉遺愛の能舞台(国指定重要文化財)がある。海上安全・漁業繁栄、家内安全、病気平癒などにご利益があるとされています。

住所 広島県福山市鞆町後地1225

亀山神社

亀山神社(かめやまじんじゃ)は、広島県呉市にある神社である。旧呉市内の総氏神として信仰される。

八幡神として品陀和気命(応神天皇)・帯中日子命(仲哀天皇)・息長帯日売命(神功皇后)を祀る。安産、学業成就、交通安全のご利益があるとされています。

住所 広島県呉市清水1丁目9-36

天寧寺

天寧寺は広島県尾道市にある曹洞宗寺院。開山は普明国師と言われる。

貞治6年(1367)に足利義詮が建立した塔婆(海雲塔)があり、本堂左手の羅漢堂には五百羅漢が見られる。五百羅漢堂は座禅堂にもなっていて、無料で体験することができる。

本堂入って左に祀られている賓頭盧は、地元の方に「さすり仏さん」と慕われており、自分が患っている場所と同じ場所を撫でると治ると言われている。またボタンやしだれ桜も有名で、春には多くの花見客で賑わう。

住所 広島県尾道市東土堂町17-29

素盞嗚神社

素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)は、広島県福山市新市町戸手にある神社である。備後国一宮を名乗り、「天王神社」「天王社」「天王さん」とも呼ばれる。縁結び、厄除けなどにご利益があるとされています。

素盞嗚尊(すさのをのみこと)を主祭神とし、稲田姫命(くしなだひめ)、御子神の八王子(やはしらのみこ)を配祀する。神仏習合によって仏教系の神である牛頭天王を祭神とするようになり、「早苗山天竜院天王寺」という真言系の別当寺が作られた。

本堂である本地堂(現・天満宮)には本尊本地仏として聖観世音菩薩が祀られた。一般に牛頭天王の本地仏は薬師如来であるが、当社の観音祭祀の理由は不明である。また脇侍に不動明王と毘沙門天が祀られた。

「江熊(エノクマ)祇園牛頭天王社」が正式な社名であるが、天王社、祇園社などとも呼ばれるようになった。明治の神仏分離により、神社の道を選んだ当社の別当僧は還俗して神官となり、祭神は本来の素盞嗚尊に改め、現在の社名に改称した。

住所 広島県福山市新市町大字戸手2-2

熊野神社

熊野神社は広島県庄原市の神社。「比婆山御陵」の遥拝所として、古くから信仰を集めてきた。安産祈願や子宝などのご利益があるとされています。

境内には巨大な杉が林立しており、胸高幹囲4m以上のものが55本、5m以上が11本あり、総数100本を越える老杉がある。

住所 広島県庄原市西城町熊野1164

地蔵鼻

地蔵鼻は、広島県尾道市因島にある岩。石を持ち帰れば子授け・安産のご利益があるとされています。

美可崎城(地蔵鼻のそば)の城主が琴の修行のため船で都に向かう娘を関所破りの罪で捕まえたが、その娘の美しさや琴の音色に心を奪われ、自分に仕えるよう命じた。ところが周防に思いを寄せる人がいたため応じなかったところ、浜で切り捨てられた。その後、浜から琴の音が聞こえ始め、夜な夜な悩まされるようになったため、浜にあった自然石に地蔵尊を彫り手厚く供養したところ、亡霊に悩まされなくなったという。

その後、その話を聞いた周防の若者がその娘の後を追いこの海に身を投げた。その様子を見た地蔵はポロポロと涙を流しその涙は小石となり周りに散らばったと言われる。

海の潮が満ちると地蔵尊の下半分がつかることから、下の病気が治ると言われ、特に「子授け地蔵」として有名。参拝してお地蔵さんを一体持ち帰り、家で祈願すると子供を授かれるという。願いが叶ったら、新しいお地蔵さんを一体作って奉納する習わしとなっている。

住所 広島県尾道市因島三庄町

久保八幡神社

久保八幡神社( くぼはちまんじんじゃ )は、広島県尾道市の神社。軍配が台座に彫られた一対の灯篭「軍配灯篭」で知られる。

貞観年間(859~877)に創建と伝えられる。入り口には逆立ちした狛犬が対座している。

住所 広島県尾道市西久保町2-1

清盛神社

清盛神社は広島県廿日市市の神社。嚴島神社の社殿を造営して現在の規模に築きあげ、宮島を今日の隆盛に導いた平清盛の偉績をたたえ、その霊を慰めるために昭和29年に建てられた。

嚴島神社の近くに位置するが、人も少なく静謐なパワースポットになっている。「交通安全(海上交通安全)」にご利益があるとされています。

住所 広島県廿日市市宮島町

八栄神社

八栄神社(やさかじんじゃ)は広島県山県郡北広島町岩戸の神社。風水の龍穴にあたるという。「子宝」「厄除」などにご利益があるとされています。

八栄神社の大ヒノキで知られる。参道左右にある大小2本のヒノキで、大きいヒノキは胸高周囲6.15m、樹高25mで、県下第2位の巨樹。小さいヒノキは胸高周囲4.40m、樹高29mで、県下第3位の巨樹。

近くには「洞仙寺跡の菩提樹」もある。吉川氏の菩提寺であった洞仙寺跡には、菩提寺の老木や若木が残されており、羽子板の羽根のように種が落ちてくるのが特徴である。

住所 広島県山県郡北広島町岩戸

饒津神社

饒津神社(にぎつじんじゃ)は、広島県広島市東区にある神社である。旧社格は旧県社。主祭神は、浅野長政、幸長、長晟。相殿神として、長政室の末津姫(やや)。地元では「にぎつさん」と呼ばれている。

1706年(宝永3年)広島藩主浅野綱長により、広島城鬼門の方角に浅野長政の位牌堂を建立したのが始まりである。

1945年(昭和20年)広島原爆の爆風により本殿や唐門が瞬く間に破壊され、直後に本殿より出火、他の建物も類焼した。原爆で傷つき市中心部から逃れてきた多数の被爆者の避難所となったが、人々の多くはこの境内で落命した。

戦後、仮殿、本殿が再建された。1984年(昭和59年)6月、本殿、拝殿、瑞垣が戦前の姿に復元された。2000年(平成12年)唐門も再建され(大きさは全国2位)、2005年(平成17年)唐門の前に木製の鳥居が再建された。境内に稲荷神社(祭神:宇迦之御魂命)が末社として祀っている。

住所 広島県広島市東区二葉の里2-6-34

竹林寺

竹林寺(ちくりんじ)は、広島県東広島市(旧賀茂郡河内町)にある真言宗御室派の寺院。山号は篁山。本尊は千手観音菩薩。

縁起によれば、天平2年(730年)に行基によって建立され、その際に山上の桜の樹で千手観音を刻んで本尊として桜山花王寺と号したとされる。後に現在の山寺号に改められた。縁起は当地と縁があるとされる小野篁とやや強引に結び付けられていて矛盾点もあるが、応安4年(1371年)に今川了俊が竹林寺を小野篁の故郷とする伝聞を書き残すなど、後世に影響が見られる。

天文14年(1545年)にこの寺の子院である乾蔵坊の僧、もしくは平賀氏当主で僧籍に入った平賀興貞によって再興されたが、慶長5年(1600年)に毛利輝元に代わって福島正則が安芸国の領主となった。正則は寺院統制を行い、竹林寺は寺領を召し上げられて衰退した。

住所 広島県東広島市河内町入野3103

福王寺

福王寺(ふくおうじ)は、広島県広島市安佐北区可部町綾ケ谷にある、真言宗御室派の寺院である。

寺伝によれば、811年ないし828年、空海(弘法大師)の開基という。空海が山中に不思議な樹木を見つけ、その枝と根を残したまま不動明王の像を彫った折に、池の中から金色の亀が現れたことから、この寺を金亀山福王寺と名付けたとされる。

可部荘は大治2年(1127年)、高野山(開祖は空海)に寄進されている。また、1977年に焼損した不動明王像(立木仏)は平安時代後期から鎌倉時代の作と見なされることから、実際の創建は平安時代後期である可能性が高い。

寺は安芸武田氏の武田氏信によって復興、後には毛利氏の庇護を得て最盛期は2000石程の寺領を持つ大寺院となったが、その後の広島藩主福島正則の頃に衰退。浅野氏の頃に現在見られるような寺院へと復活を遂げた。江戸時代中期の1779年(安永8年)には火災に見舞われ、この時に金堂等を焼失している。

住所 広島県広島市安佐北区可部町綾ケ谷

國前寺

國前寺(こくぜんじ)は、広島県広島市東区にある日蓮宗本山(由緒寺院)の寺院。すぐそばに尾長天満宮がある。

尾長山(二葉山)麓で庵を営んでいた暁忍が日像に師事、1340年(暦応3年)「暁忍寺」として開山した。

1656年(明暦2年)、広島藩浅野家2代藩主浅野光晟正室の満姫(自昌院)の帰依により浅野家の菩堤寺となり、現名の「國前寺」に改名した。その後本堂は満姫が、その他諸堂は光晟が建立し直した。1692年(元禄5年)、不受不施派禁圧により寺領を没収された。この際浅野家は天台宗に改宗し牛田の日通寺に菩提寺を変えている。

1945年(昭和20年)8月6日広島市への原子爆弾投下により被爆。ここは爆心地から約2.60kmに位置した。爆風により建物は北東方向に傾いたが倒壊は免れた。ここの南には東練兵場が広がっており、被爆者が数多く避難してきた。翌7日から境内に大日本帝国海軍による救護所が設けられ特に重傷者を中心に運び込まれ、呉鎮守府派遣の医療班や近隣地域の民間医師団など様々な医師が活躍した。9日には被爆地救援に当たる宇品の船舶司令部麾下の陸軍船舶兵(暁部隊)の一隊が拠点をおいた。

戦後は部分的な修理が行われていたが痛みが進行したため、1988年(昭和63年)からまず庫裏を3年かけて修理、2001年(平成13年)から本堂を5年かけて修理した。

現住は39世疋田日量(英親)貫首。疋田英漣・疋田英華二人の息子を持ち、妻は、宝塚歌劇団花組出身の疋田愛子。

弟の英華は、師父英親の影響を受け、2010年、世界三大荒行とも言われている日蓮宗大荒行堂へ入行し、寒壱百日の厳しい修行を経て、2011年2月10日に無事、成満。2月12日には自坊にて帰山式が盛大に行われた。

住所 広島県広島市東区山根町321

西國寺

西國寺(さいこくじ)は広島県尾道市にある寺院。真言宗醍醐派大本山である。山号は摩尼山、院号は総持院。本尊は薬師瑠璃光如来坐像(国の重要文化財)で秘仏である。

中国三十三観音霊場特別霊場、中国四十九薬師霊場第十六番札所、山陽花の寺二十四か寺第十九番札所、備後三十三観音霊場第六番札所である。

奈良時代の天平年間(729年 – 749年)行基が巡国中にこの地で加茂明神の霊夢を見たことにより建立されたという。

住所 広島県尾道市西久保町29-27

御床浦神社

御床浦神社(みとこうらじんじゃ、御床神社)は、広島県廿日市市宮島町の神社。厳島神社の末社であり、七浦七恵比寿の一つ。

御祭神は、厳島神社と同じ、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の三姫神で、厳島神社が今の場所に建造されるまでの間、御祭神を仮に祀ったところと言われている。

御床浦神社が鎮座している大きな岩盤には大きな裂け目があるが、厳島神社の御神紋「三ツ神甲剣花菱紋(みつきっこうけんはなびしもん)」は、この岩盤の裂け目の模様から生まれたという。

住所 広島県廿日市市宮島町

草戸稲荷神社

草戸稲荷神社(くさどいなりじんじゃ)は広島県福山市草戸町に鎮座している稲荷神社である。五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、交通安全、厄除祈願などのご利益があるとされています。

住所 広島県

品の滝

品の滝は、広島県三次市にある滝。約1.5kmの渓谷内に一の滝、二の滝、三の滝の3つの滝があり、このうち、高さ11mから流れ落ちる一の滝が最も規模が大きい。

この一帯は県の自然環境保全地域に指定されており、多くの野生生物や植物の存在する貴重な地域である。

住所 広島県三次市甲奴町宇賀

新日山不動院

不動院(ふどういん)は広島県広島市東区にある真言宗別格本山の寺院。本尊は薬師如来。山号は新日山。足利尊氏・直義兄弟が諸国に設けた安国寺利生塔の一つという(安芸国安国寺)。

住所 広島県広島市東区牛田新町3-4-9

とうかさん

とうかさんは広島県広島市にある日蓮宗の寺院、及び、同寺院の総鎮守である稲荷大明神の祭礼。寺の正式名は福昌山 慈善院 圓隆寺(ふくしょうざん じぜんいん えんりゅうじ)。圓隆寺は元和5年(1619年)、浅野長晟が僧・日音を開山に招聘して創建した。寺の別名であり、毎年6月に行われる夏祭りの名称でもある「とうかさん」とは、当寺の鎮守であり、法華経を守護するとされる稲荷神のことで、稲荷を「とうか」と音読みしたのがその語源である。とうかさん大祭は、広島三大祭りの1つで、毎年6月の第1金曜日から3日間、圓隆寺を中心に中央通り一帯で行われる。広島ではこの祭りをその年の浴衣の着初めの日としており、夏の訪れを告げる風物詩である。

住所 広島県広島市中区三川町8-12

三輪明神広島分祠

三輪明神広島分祠(みわみょうじんひろしまぶんし)は、広島市西区に位置する。奈良県桜井市の三輪明神大神神社より御霊を分祠されたもの。日本最古の神社として知られる。御祭神は大物主大神(おおものぬしのおおかみ)で、世の中の幸福を増進することを計る人間生活万般の守護神。無病息災、商売繁盛、交通・航海の安全、縁結び等、生活全般にご利益があるとされています。

住所 広島県広島市西区古江上1丁目376-15

浄土寺

浄土寺(じょうどじ)は、広島県尾道市にある真言宗泉涌寺派大本山の寺院。山号は転法輪山(てんぽうりんざん)。院号は大乗院。本尊は十一面観音で、中国三十三観音霊場第九番札所である。良縁成就や必勝祈願のご利益があるとされています。

創建年代等については不詳であるが、聖徳太子が開いたとも伝えられる。この寺が文書等にあらわれるのは鎌倉時代中ごろからのことで、鎌倉時代後期に真言律宗系の僧定証によって中興された。その後1325年(正中2年)に焼失したが復興され、室町時代に入るとこの寺の五重塔が備前国の利生塔に指定された。古くは多くの末寺を有したが、江戸時代中期には数ヶ寺であったという。山門を入ると正面に本堂、その右手に阿弥陀堂と多宝塔が建つ。これらの中世仏教建築群に対し、境内西側には方丈、庫裏及び客殿など、僧の生活空間である近世建築群があり、庭園や茶室(露滴庵)もある。近世以前の寺院景観を良好に残す境内地は、本堂とともに国宝に指定されている。

住所 広島県尾道市東久保町20-28

新庄之宮神社

新庄之宮神社は、広島県広島市西区大宮にある神社。1835年(天保6年)に立て替えられ、被曝の被害に耐えた社殿が残る。2004年(平成16年)、地元有志の働きかけにより広島市被爆建物等保存・継承事業の助成を受け、保存工事が施されている。

社叢には樹齢500年前後のクスノキが茂り、中でも胸高周囲6.50mおよび5.35mの二株は県下有数の巨木である。

住所 広島県広島市西区大宮1丁目

八畳岩

八畳岩(はっちょういわ)は、広島県広島市安佐北区の鬼ヶ城山にある磐座。草津八幡宮の奥の院として宇佐島・奥津島・市杵島の三女神と素戔嗚尊が祀られていた。

また、鬼ヶ城山頂から数分下った所にある小八畳岩は、その昔地震で八畳岩から割れ落ちたものと言われている。

住所 広島県広島市安佐北区

三篠神社

三篠神社は、広島県広島市西区の神社。旧称を黒皇神社(くろおうじんじゃ)という。栄禄年間(1558-70)にこの近在の別府の地の住人が五穀豊穣を願って大年大明神を創祀した祠を作ったことに始まる。縁結び、厄払い、学業成就、芸事上達などのご利益があるとされています。

昭和20年8月6日、原子爆弾のため社殿と樹齢300年に及ぶ境内木を焼失した。御神体は災禍を免れたので、熊野神社跡の御旅所に遷御し、昭和29年拝殿を造営して御神体を帰し、昭和48年には山手鎮座の天神社を合祀し現在に至る。

参道入り口から鳥居までの敷石は、原子爆弾により被爆した広島信用金庫横川支店(俊工事三篠信用組合本部事務所爆心地から1.7km)の敷石を移したもの。

また、境内にある楠は、爆心地から1850mで被爆した被爆樹木である。個人宅にあったものがここに移植された。

住所 広島県広島市西区三篠町1丁目11-5

出雲大社備後分院

出雲大社備後分院は広島県三次市にある出雲大社の分院。 諸願成就、商売繁盛、五穀豊穣、良縁祈願、病気平癒、家運降昌などのご利益があるとされています。

明治12年、島根県出雲大社の御分霊を奉じ、明治26年には大国主命(オオクニヌシノミコト)を祭神とする大社教分院として改められた。約1100坪の境内には、社殿、拝殿、社務所があり、神木を含めた周囲の景観も荘厳。また、大社分院ということもあり、年末・年始には備後地方各地から大勢の参拝客が訪れる。

住所 広島県三次市三良坂町三良坂2674

切石山

切石山(きりいしやま)は広島県福山市内海町にある山。

叩くと「ポンポン」と音がすることから名付けられた山頂の太鼓岩は、叩いて恋愛成就を願うカップルに人気だという。絶壁から落ちそうで落ちないため、受験に落ちない、運気が落ちないと願いを込められるパワースポット。

田島と横島をつなぐ睦橋も、両島の形がキスをする二匹の魚に見えるため、ラブスポットだといわれている。

住所 広島県福山市内海町

世界でただこの地にだけ自生する非常に奇異な樹形を呈したイヌシデの一変種。大小約100本。

大朝のテングシデ群落

大朝のテングシデ群落(おおあさのてんぐしでぐんらく)は広島県山県郡北広島町の熊城山の裾野にあり、標高は約650m。幹や枝がねじれたり幾重にも屈曲した独特の樹形の木が約90本あり、最も大きいものは幹の周囲が約約3m、高さ14mである。イヌシデの一種で、突然変異によって生じた形質が遺伝的に固定しており、種子による世代交代も進み、90本もの群落を形成している。

天を覆うくねくねと曲がった幹や枝が、いかにもテングが出てきそうな雰囲気であり、これだけ多くの群生は世界中でここ1か所であり非常に珍しく。平成12年9月6日「大朝のテングシデ群落」として国の天然記念物に指定される。

曲がりくねったテングシデの枝で出来たハートの形を、カップルで8つ見つけたら幸せになるという噂がある。縁結びのパワースポットとして有名です。

住所 広島県山県郡北広島町田原

太光寺

行者山太光寺(ぎょうじゃやま たいこうじ)は、広島県広島市の寺院。広島市内から瀬戸内海までを一望できる高台にある。

住所 広島県広島市西区田方1丁目551-1

桃林山慈眼院医王寺

桃林山慈眼院医王寺は広島県福山市にある真言宗寺院。後山の中腹に位置する、鞆の浦で2番目に古い寺院。

826(天長3)年に弘法大師・空海によって開基されたと伝えられる。その後、火災で焼失したが、慶長年間に、鞆城代・大崎玄藩により再興された。

高台にあるため鞆の浦を一望できる。御本尊の木造薬師如来立像は広島県の重要文化財にも指定されており、6年に一度御開帳される。

住所 広島県福山市鞆町後地1397

福石猫神社

福石猫神社は、広島県尾道市の尾道アート館、招き猫美術館にある神社。尾道在住の絵師、園山春二氏が石やガラス、和紙、板などに描いた招き猫や、全国から集めた招き猫の作品約3000点を展示する美術館である。

福石猫は、丸い石に描かれた猫で、日本海の荒波にもまれて丸くなった石を約半年間塩抜きをした後、特殊な絵具で上、下地を三度塗り重ね、7~8ヶ月かけて作られる。その後、艮神社でお祓いをうけた後、福石猫とされるという。尾道の色々な場所で目にすることができる。

住所 広島県尾道市東土堂町19-36

天磐門別神社

天磐門別神社は広島県山県郡北広島町の神社。天手力雄命が投げた天の岩戸の破片の一つが、この神社を抱くように鎮座している岩だといわれている。

この岩は雉子の目山小龍脈の龍穴にあたる。白虎龍脳と言われる。

住所 広島県山県郡北広島町宮迫

鶴羽根神社

鶴羽根神社は広島県広島市の神社。 縁結びや家内安全のご利益があるとされています。

鎌倉初期に創建された椎木八幡宮がその前身と伝えられる。江戸末期に社殿類焼の難に遭い、現在地に再建された。明治元年(1868)、浅野12代藩主長勲の撰名により、鶴羽根八幡宮と改称し、明治5年(1872)に鶴羽根神社と改めた。社殿裏の二葉山(椎木山)のたたずまいが、あたかも羽根を広げた鶴の姿に似ていることで名付けられたといわれている。昭和20年の原爆投下により再建後の装いとなる社殿と共に、古より変わらぬ姿を残す鳥居や灯篭、石畳の太鼓橋などがある。

住所 広島県広島市東区二葉の里2-5-11

糸碕神社

糸碕神社(いとざきじんじゃ)は、広島県三原市の神社。創建は、天平元年(729)。社伝では、神功皇后が西征の帰途、舟をこの地に寄せた際に、水を献じたという故事よって、この水を長井の水といい、この地を長井浦、または、井戸崎(後に糸崎)というようになったといわれている。境内には、神功皇后が軍船をつないだという「船つぎの松」の記念碑がある。昔は、この神社の松の木片を燃やしてみせれば、子どもの夜泣きが止まるといわれ、公卿や大名まで霊験をさずかったといわれる。水難除け、交通安全、身体壮健、健康長寿などにご利益があるとされています。

住所 広島県三原市糸崎町720-1

塩屋神社

塩屋神社 (しおやじんじゃ)は、広島県佐伯郡五日市町の神社。塩屋神社の主神・猿田彦神は、地上におけるすべてを祓い清めて守り導かれ、海上、交通安全、縁結び、八方開運の「みちびきの神」として信仰されている。7月下旬の夏祭りでは「あまのじゃく伝説」の人物「湯蓋道空」の霊を慰める道空祭が行われる。海上、交通安全、縁結び、八方開運のご利益があるとされています。

住所 広島県広島市佐伯区海老山町8-12

小野神社

小野神社は、広島県府中市の神社。備後の国 総社神社として300余年前に鎮座。安産・子育て、地域安寧、家内安全、武運長久などのご利益があるとされています。

住所 広島県府中市元町315-1

速谷神社

速谷神社(はやたにじんじゃ)は広島県廿日市市にある神社。交通安全祈願が有名。1800年以上の歴史をもつといわれる古社。畿内と九州を結び、古くから重要な街道であった山陽道の脇に鎮座。九州に向かう防人が、道中の安全や武運を祈願したとされ、現在に至るまで全国でも有数の交通安全の守護神として広く知られている。桜尾城主・藤原氏の歴代城主、広島藩主・浅野氏らも崇拝、彼らの手で社殿の造営や修復が行われた。県重要文化財の狛犬など数々の貴重な神宝を所蔵する神宝館も一見の価値あり。毎年1月7日には、その年の交通安全を祈願する交通安全大祭が行われる。交通安全のご利益があるとされています。

住所 広島県廿日市市上平良308-1

浦上八幡神社

浦上八幡神社は、広島県福山市の神社。恋愛成就・縁結びにご利益があるとされています。

住所 広島県福山市春日町浦上

福山八幡宮

福山八幡宮(ふくやまはちまんぐう)とは広島県福山市北吉津町にある八幡宮である。福山城の北側にある松廼尾山に祀られている。福山八幡宮は2つの社で構成されている。多くの場合、神社を並列して祀る場合、どちらかの本殿へ合祀することが一般的であるが、本宮は本殿、拝殿、随身門、石段、両部鳥居、参道、総門等それぞれが同一規模、同一形式で東西に並べて建てられており、全国に類例の少ない形式である。かつては、東御宮は延広(のぶひろ)八幡宮、西御宮は野上(のがみ)八幡宮と呼ばれ別法人として祀られていたが、1969年に両者の法人格を合併し「福山八幡宮」となった。備後福山の総鎮守とされ、境内には結婚式などを行う福山八幡宮会館のほか水野勝成を祀る聡敏神社や稲荷神社など多くの社も祭られている。縁結びや商売繁盛、家内安全などにご利益があるとされています。

住所 広島県福山市北吉津町1丁目2-16

明王院

明王院(みょうおういん)は広島県福山市草戸町にある真言宗大覚寺派の仏教寺院である。芦田川に面した愛宕山の麓にあり草戸稲荷神社が隣接している。

かつては常福寺と言われており、中世には草戸千軒町が、門前町として栄えていたところとして有名である。

本堂と五重塔は国宝に指定されている。中国三十三観音霊場第八番札所、山陽花の寺二十四か寺第十八番札所。交通安全や商売繁盛のご利益があるとされています。

住所 広島県福山市草戸町1473

ポルチェリーノ

ポルチェリーノは広島県尾道市の松本病院前にある幸運を招くと言われる猪の像。仕事運や勝負のご利益があるとされています。

ポルチェリーノのオリジナルは、イタリアの著名な彫刻家ピエトロ・タッカ氏によるもので、フィレンツェのメルカートヌオヴォ広場(新市場)に1612年以来飾られている。鼻の頭をなでると幸運を招くと言われ、世界中にレプリカがある。

住所 広島県尾道市久保3丁目

幸運仏

幸運仏は、広島県神石郡神石高原町にある二基の五輪塔。「宝くじ運UP」「ギャンブル運UP」「金運上昇」などのご利益があるとされています。

昭和56年11月に、道路拡張工事で地下1.5mから2基の五輪搭が出土し、土の中に仲良く並んでいたため、「夫婦墓であろう」と云われ供養された。すると、地域で次々と五組の結婚が成立したため「仏様の御利益」とお堂を造り安置。その後、縁結びや願い事の仏様として知れ渡り、現在では800組を超える縁談が成就し、年間およそ1万人の人が訪れる恋愛パワースポットとなっている。

住所 広島県神石郡神石高原町下豊松

タイトルとURLをコピーしました