【大分】由布院温泉|パワースポットとしての由布院温泉

大分県

由布院温泉(ゆふいんおんせん)は、大分県由布市湯布院町(旧国豊後国速見郡)にある温泉。すぐそばに聳える由布岳(火山:標高1,584m)の恵みを受けた豊富な湯量を誇る。

かつてはひなびた温泉で団体観光客向けの大型ホテルや歓楽街は整備されていなかったが、それがプラスに転じた。

昭和40年代から町ぐるみで毎年夏に映画祭や音楽祭を開催し、歓楽色を排して女性が訪れたくなるような環境整備を続けてきた。バブル期の大型開発計画には適正な規模や景観を守るため抵抗。人気の過熱が続く現在も、温泉のあり方についての模索が続いている。

温泉湧出量は全国3位の量である。源泉の数は852本存在し、これは別府温泉に次いで全国第2位である。

この温泉の本来の名称は「由布院温泉」である。「湯布院」という名称は、1955年(昭和30年)の昭和の大合併の折に、旧湯平村と旧由布院町が合併した際に作られた町名である。それ以来、ともすると温泉名も「湯布院温泉」と書かれることが多くなった。しかし、実際には湯布院町内(現在は由布市湯布院町)には「湯布院温泉」という名の温泉は存在しない(湯布院町内にあるのは、由布院温泉、湯平温泉、塚原温泉という各々別個の温泉である)。諸願成就にご利益があるとされています。

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由布院の伝説

由布院の盆地は昔、大きな湖だったらしく、 由布岳の女神である宇奈岐日女神(うなきひめのかみ)は湖を見下ろし、 「この湖を干せば底から肥沃な土地が現われよう。人が住みつき、美田が生まれ、多くの者が幸せで豊かな生活をおくれるだろう。巨人よ。お前のあらん限りの力で、この湖の壁の一角を破ってみよ」と配下の巨人「蹴裂権現」に命じた。 蹴裂権現が、西の湖壁を蹴り裂いて水を抜き、由布院盆地が現れたという。※抜かれた水の跡で大分川ができた。 ただ湖で暮らしていた竜がおり、湖がなくなったことにより神通力を失ってしまった。 竜は「私は、長い間この湖に住んでいた竜です。この地に少しばかりの安住の地を与えてください。そうしてくだされば、ここに清水を湧き出させ、永くこの地を護りましょう」 と訴えました。 天祖神はそれを受け入れ金鱗湖が残されたとされています。 竜は天祖神との約束を守り、現在も金鱗湖では清水が滾々と湧き出ているといいます。
湯布院の盆地、湖の水が流れた先に大分川、竜の安住の地金鱗湖、金鱗湖から湧き出している清水、宇奈岐日女神由来の神社、蹴裂権現由来の神社など、地理やパワースポットが伝説のとおりであることです。

由布院温泉のパワースポット・見どころ

金鱗湖

金鱗湖

金鱗湖(きんりんこ)は、大分県由布市(旧湯布院町)の由布院温泉にある池である。この池に朝霧がかかる風景は由布院温泉を代表する景観となっている。

面積は0.8ヘクタール、周囲約400メートル、水深は約2メートル。

大分川の源流である金鱗湖は、湖底から温泉と清水が湧き出ており、その温度差のために冬季には湖面から霧が立ち上る幻想的な光景が見られる。また、この湖から発生するガスは、由布院盆地名物の朝霧の発生源であるとも言われる。この景色は湯布院を代表する風物となっている。

この池は、由布岳の麓にあることからかつては「岳下(たけもと)の池」と呼ばれていたが、1884年(明治17年)に儒学者の毛利空桑が、魚の鱗が夕日に照らされて金色に輝くのを見て「金鱗湖」と名付けたと伝えられている。また、由布院盆地は古くは大きな湖であり、金鱗湖はその名残であるとも言われる。

天祖神社

金鱗湖を一周すると見えてくる天祖神社。味のある立派な鳥居が私たちをお出迎えしてくれます。

由緒板によると、1882年、豐後國速見郡に住む速津媛(はやつひめ)に勅して皇祖神霊を祀ったことが始まりだそうです。

透き通る美しい湧水が金鱗湖に向かいたくさん流れ出ていました。

由布院に残る伝説の竜が、天祖神と交わした「清水を湧き出させ、永くこの地を護る」という約束を守り続けている証だとされています。

大杵社の大杉

大杵社の大杉(おおごしゃのおおすぎ)は、大分県下で一番、国内でも二番目に大きいとされる御神木。周囲が約14m、高さ35mある大杉。根元には畳3枚ほどの空洞があり樹齢1000年以上。縁結びのご利益があるとされています。

Info

住所 大分県由布市湯布院町川上
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