滋賀県 パワースポット

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多賀大社

建部大社

建部大社(たけべたいしゃ)は、滋賀県大津市に鎮座する神社。近江国一宮。御祭神は日本武尊で、天明玉命が相殿神。また権殿に、大神神社から大己貴命を勧請している。仕事運(就職、就活、転職)、出世開運にご利益があるとされています。

伝えによると、景行天皇46年に神崎郡建部郷(現在の東近江市五個荘付近)に、景行天皇の皇子である日本武尊を建部大神として祀ったのが始まりとされ、天武天皇4年(675年)に現在地へ遷座した。

重さ1.5tの大神輿を御座船に乗せ瀬田川を下る「船幸祭」が、毎年8月17日に行われる。これは日本武尊の東征故事に拠るもので、日吉大社の「山王祭」(春)、天孫神社の「大津祭」(秋)と共に、大津三大祭の一つともなっている。

商売繁盛・出世開運のパワースポット。本殿の真裏にある菊花石がパワーがあるという。自然にキクの模様が浮き出た珍しい石。

住所 滋賀県大津市神領1丁目16-1

多賀大社

多賀大社

多賀大社(たが-たいしゃ)は、滋賀県犬上郡多賀町多賀にある神社である。伊邪那岐命(イザナギ)・伊邪那美命(イザナミ)の2柱を祀り、古くから「お多賀さん」として親しまれてきた。また、神仏習合の中世期には「多賀大明神」として信仰を集めた。病気平癒、延命長寿、厄除け、夫婦円満、縁結びなどのご利益があるとされています。

お守りとして杓子(しゃもじ)を授ける「お多賀杓子(おたがじゃくし)」という慣わしがある。これは「お玉杓子」や「おたまじゃくし」の名の由来とされている。多賀社は、特に長寿祈願の神として信仰された。

鎌倉時代の僧である重源に以下の伝承がある。東大寺再建を発念して20年にならんとする齢61の重源が、着工時に成就祈願のため伊勢神宮に17日間参籠(さんろう)したところ、夢に天照大神が現れ、「事業成功のため寿命を延ばしたいなら、多賀神に祈願せよ」と告げた。重源が多賀社に参拝すると、ひとひらの柏の葉が舞い落ちてきた。見ればその葉は「莚」の字の形に虫食い跡の残るものであった。「莚」は「廿」と「延」に分けられ、「廿」は「二十」の意であるから、これは「(寿命が)二十年延びる」と読み解ける。神の意を得て大いに歓喜し奮い立った重源は以後さらに20年にわたる努力を続けて見事東大寺の再建を成し遂げ、報恩謝徳のため当社に赴き、境内の石に座り込むと眠るように亡くなったと伝わる。今日も境内にあるその石は「寿命石」と呼ばれる。また、当社の神紋の一つ「虫くい折れ柏紋」はこの伝承が由来である(今一つに三つ巴がある)。

この故事にちなみ、多くの人々が長寿祈願に訪れる。祈願の際は、授与所にて祈願の白石を授かり、住所・氏名を書き、寿命石の上に置いて願う。

また、天正16年(1588年)には、多賀社への信仰篤かった豊臣秀吉が「3年、それがだめなら2年、せめて30日でも」と母の延命を祈願し、成就したため社殿改修を行い大名に与えるに等しい1万石を寄進した。境内正面の石造りの太鼓橋(大僧正慈性により寛永15年〈1638年〉造営)は「太閤橋」の雅名でも呼ばれる。

住所 滋賀県犬上郡多賀町多賀604

日吉大社

比叡山の麓に鎮座する当大社は、およそ2100年前、崇神天皇7年に創祀された、全国3800余の日吉・日枝・山王神社の総本宮です。平安京遷都の際には、この地が都の表鬼門(北東)にあたることから、都の魔除・災難除を祈る社として、また伝教大師が比叡山に延暦寺を開かれてよりは天台宗の護法神として多くの方から崇敬を受け、今日に至っています。

出典:http://hiyoshitaisha.jp/about/

日吉大社は、方除け・厄除け・厄払いのご利益で知られる神社で、浄化のパワースポットといわれています。方除けとは方角や方位による災いを除けることです。
お引っ越しや旅行の際に、知らないうちに悪い方角に行かれたり、また、家の増改築などで悪い方位の所を工事したりすると災いが起こるので、それを防ぐことが必要です。
京の都の表鬼門(北東)をお守りしてきた当大社はまさに「方除けの大社」といえます。

住所 滋賀県大津市坂本5-1-1

竹生島

竹生島(ちくぶしま)は、琵琶湖の北部に浮かぶ島。琵琶湖国定公園特別保護地区、国の名勝および史跡に指定されている。古来、信仰の対象となった島で、神の棲む島とも言われる。交通安全、開運厄除、五穀豊穣、商売繁盛のご利益があるとされています。

南部には都久夫須麻神社(竹生島神社)、宝厳寺(西国三十三箇所三十番)がある。竹生島神社は、明治の神仏分離令に際して弁才天社から改称した。竹生島は古くから信仰の対象とされた事から、能の演目や平曲や近世邦楽の楽曲でも取り上げられている

住所 滋賀県長浜市

延暦寺

延暦寺(えんりゃくじ)は、滋賀県大津市坂本本町の寺院。標高848mの比叡山全域を境内とし、平安時代初期の最澄により開かれた天台宗の本山寺院である。延暦寺の名より比叡山、また叡山(えいざん)と呼ばれることが多い。平安京(京都)の北にあったので北嶺(ほくれい)とも称された。

住職(貫主)は天台座主(てんだいざす)と呼ばれ、末寺を統括する。高野山金剛峯寺と並んで平安仏教の中心地として栄えた。

「東塔(とうどう)」「西塔(さいとう)」「横川(よかわ)」と呼ばれる三塔に200あまりの堂塔が点在する。現在も僧侶は厳しい修行を行っている。

横川エリアにある恵心堂の前がパワースポットと言われている。恵心僧都の旧跡で、藤原兼家が元三慈恵大師のために建立した寺である。 極楽往生・病気平癒・安楽往生・合格祈願・ぼけ封じ・学業成就・商売繁盛・金運隆盛などのご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市坂本本町4220

白鬚神社

白鬚神社(しらひげじんしゃ)は、滋賀県高島市鵜川に鎮座する神社。近江国最古の神社とされる。全国に位置する白鬚神社の本社。祭神は猿田彦大神。縁結び・子授け・福徳開運・商売繁盛・交通安全などのご利益があるとされています。

沖島を背景として琵琶湖畔に浮かぶ鳥居が印象的で、「近江の厳島」とも称される。猿田彦大神を人格化する際に白髪の老人とする端緒は、当社の社名にあるといい、謡曲『白鬚』の舞台でもある。やはり社名から、長寿の神様として知られる。

住所 滋賀県高島市鵜川215

石山寺

石山寺(いしやまでら)は、滋賀県大津市石山寺1丁目にある真言宗の寺院。本尊は如意輪観音、開基は良弁(ろうべん)である。 安産、福徳、縁結びのご利益があるとされています。

琵琶湖の南端近くに位置し、琵琶湖から唯一流れ出る瀬田川の右岸にある。本堂は天然記念物の珪灰石(けいかいせき、硅灰石とも書く)という巨大な岩盤の上に建ち、これが寺名の由来ともなっている。

石山寺は、京都の清水寺や奈良県の長谷寺と並ぶ、日本でも有数の観音霊場で、西国三十三箇所観音霊場第13番札所となっている。

『蜻蛉日記』『更級日記』『枕草子』などの文学作品にも登場し、『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。「近江八景」の1つ「石山秋月」でも知られる。

本堂から多宝塔へと向かう途中に「腰掛石」と呼ばれる石があり、この石に座ると安産すると言い伝えられる。

また多宝塔の近くに「めかくし石」と呼ばれる霊石があり、目をかくして、この石を完全に抱くことができれば、諸願成就するという。

住所 滋賀県大津市石山寺1-1-1

宝厳寺

宝厳寺(ほうごんじ)は、滋賀県長浜市の竹生島(ちくぶしま)にある真言宗豊山派(ぶざんは)の寺院である。山号を巌金山(がんこんさん)と称する。本尊は弁才天(観音堂本尊は千手観音)、開基(創立者)は行基とされる。西国三十三箇所観音霊場の第30番札所である。

観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地でもあり日本三大弁才天の1つにも数えられている(他の2つは厳島神社と江島神社とされている)。

繊細できれいなエネルギーを発するパワースポットで、ここの空気を浴びるだけで癒されるという。商売繁盛、芸能向上のご利益があるとされています。加えて「慈愛」「財施」「安心」のご利益があるとされています。

住所 滋賀県東浅井郡びわ町早崎竹生島1664

近江神宮

近江神宮(おうみじんぐう)は、滋賀県大津市に鎮座する神社。皇紀2600年を記念して同年に相当する昭和15年(1940年)に創祀された。産業繁栄、厄除け、安産祈願、学業成就、家内安全、病気平癒、交通安全などのご利益があるとされています。

天智天皇7年(667年)に同天皇が当地に近江京を営み、飛鳥から遷都とした由緒に因み、同天皇を祭神として創祀された。天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を設置した歴史から境内には各地の時計業者が寄進した日時計や漏刻などを飾ってあり時計館宝物館が併設されている。

また、『小倉百人一首』の第1首目の歌を詠んだ天智天皇にちなみ、競技かるたのチャンピオンを決める名人位・クイーン位決定戦が毎年1月に行われている。

住所 滋賀県大津市神宮町1-1

阿賀神社

阿賀神社(あがじんじゃ)は、滋賀県東近江市にある神社である。太郎坊宮(たろうぼうのみや)、太郎坊阿賀神社の通称で知られている。正哉吾勝勝速日天忍穂耳命を祀る。企業経営者、政治家、職人、ビジネスマンなど、業種を越えた多くの方々が太郎坊宮の大神様のご利益を仰がれます。

欽明天皇の時代、聖徳太子が箕作山に瓦屋寺を創建したときに霊験があって創建されたと伝える。後に伝教大師(最澄)が参篭し、社殿・社坊を献じたという。山岳信仰の霊地として多くの修験者が参篭した。その修験者の守護神とされたのが「太郎坊の天狗」で、現在も神社の守護神とされる。

本殿前にある夫婦岩は、神の神通力によって開かれたと伝えられ、悪心のある者が間を通ると挟まれるとされる。別名「近江の高天原」とも呼ばれる。

住所 滋賀県東近江市小脇町2247

御上神社

御上神社(みかみじんじゃ)は、滋賀県野洲市にある神社である。「近江富士」の別名のある三上山の西麓に鎮座する。式内社(名神大社)で、旧社格は官幣中社。家内安全、厄除け、開運、水難や火難除けなどにご利益があるとされています。

住所 滋賀県野洲市三上838

三上山

三上山(みかみやま)は滋賀県野洲市三上にある山。一般には近江富士として知られる。標高432m。ふもとには御上神社や滋賀県希望が丘文化公園がある。

「古事記」「延喜式」にも記述が見え、また和歌にも詠まれた由緒ある山である。藤原秀郷(俵藤太)による大ムカデ退治伝説が残ることから「ムカデ山」の異名も持つ。

付近からは、日本最大のものを含む大量の銅鐸が出土している。上の御上神社は社殿の多くが重要文化財に指定されており、特に本殿は滋賀県の神社建築国宝の第1号で国宝に指定されました。 御上神社は、家内安全、厄除け、開運、水難や火難除けにご利益があるとされています。

住所 滋賀県野洲市

都久夫須麻神社

都久夫須麻神社(つくぶすまじんじゃ)は滋賀県長浜市の竹生島にある神社。竹生島神社(ちくぶじまじんじゃ)とも言われる。家庭運や恋愛運にご利益があるとされています。

夷服岳(伊吹山)の多多美比古命が姪にあたる浅井岳(金糞岳)の浅井姫命と高さ比べをし、負けた多多美比古命が怒って浅井姫命の首を斬ったところ、湖に落ちた首が竹生島になったという。一説には、首が沈む時に「都布都布(つふつふ)」という音がしたので「都布失島」という名前になったとも、最初に生えたのが竹であったことから「竹生島」という名前になったともいう。

神亀元年(724年)、聖武天皇の夢に天照大神が現れ、「琵琶湖に小島があり、そこは弁財天(弁才天)の聖地であるから寺院を建立せよ」との神託があったので、行基を勅使として竹生島に遣わし寺院を開基させた。行基は弁財天の像を彫刻して本尊とした。

常行殿拝殿は琵琶湖に面する景勝地にあり、眼下の断崖上に竜神拝所がある。ここから土器を湖に投げると願いが竜神により成就されるという「かわらけ投げ」という風習が残る。

二枚一組になった土器(かわらけ)を購入し、一枚は名前を、もう一枚は願いごとを書き、湖面に突き出た宮崎鳥居へと投げる。投げたかわらけが鳥居をくぐれば、願いが成就するといわれている。

住所 滋賀県長浜市早崎町1665

彦根城

彦根城(ひこねじょう)は、日本の滋賀県彦根市金亀町にあった城である。江戸時代および1869年(明治2年)の版籍奉還後から1871年(明治4年)の廃藩置県まで彦根藩の役所が置かれた。天守、附櫓及び多聞櫓は国宝、城跡は国の特別史跡かつ琵琶湖国定公園第1種特別地域である。

彦根城の南側正面にある大手門口近くにある地蔵堂。彦根城が築城される際に、山のあちこちにあった地蔵を一箇所に集めて祀ってある。願いが叶うかどうか占えるという丸い石があり、満願近くになると軽くなり、持ち上がると願いが叶うといわれている。

住所 滋賀県彦根市金亀町

園城寺

園城寺(おんじょうじ)は、滋賀県大津市にある、天台寺門宗の総本山。山号を「長等山(ながらさん)」と称する。厄除け・諸願成就・開運招福などにご利益があるとされています。

天台寺門宗の総本山で、古くから日本四箇大寺の一つに数えられている。境内には天智・天武・持統の3帝の御産湯に用いられた閼伽井(あかい)と呼ぶ井戸があり、「御井(みい)の寺」と呼ばれており、後に「三井寺」と通称されるようになった。天智天皇の菩提のため、所持の弥勒像を本尊とする寺として建立された。

住所 滋賀県大津市園城寺町246

宝厳寺

宝厳寺(ほうごんじ)は、滋賀県長浜市の竹生島(ちくぶしま)にある真言宗豊山派(ぶざんは)の寺院である。山号を巌金山(がんこんさん)と称する。商売繁盛、芸能向上のご利益があるとされています。

本尊は弁才天(観音堂本尊は千手観音)、開基(創立者)は行基とされる。西国三十三箇所観音霊場の第30番札所である。観音霊場であるとともに、弁才天信仰の聖地でもあり、日本三大弁才天の1つにも数えられている(他の2つは厳島神社と江島神社とされている)。

住所 滋賀県長浜市早崎町1664

余呉湖

余呉湖(よごこ)は、滋賀県長浜市にある湖。「よごのうみ」とも読む。恋愛成就・商売繁盛・家内安全などのご利益があるとされています。

日本最古とされる羽衣伝説の地として知られる。春夏秋はハイキング、冬場はワカサギ釣りで賑わう。

住所 滋賀県長浜市余呉町川並

佐久奈度神社

佐久奈度神社(さくなどじんじゃ)は、滋賀県大津市大石中町に鎮座する神社である。天智天皇8年(669年)勅願により、中臣金が祓戸の神を祀ったのが創始とされる。 厄除け、祓い・禊、武運長久・家内安全などにご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市大石中1丁目2-1

観音正寺

観音正寺(かんのんしょうじ)は、滋賀県蒲生郡安土町にある天台宗の寺院。山号は繖山(きぬがささん)。本尊は千手観音。西国三十三箇所第32番札所である。縁結びのご利益があるとされています。

住所 滋賀県蒲生郡安土町石寺2

長等神社

長等神社は滋賀県大津市の神社。天智天皇が大津京鎮護のため、長等山の岩倉に須佐之男大神を祀ったのが始まり。その後、智証大師円珍が日吉大社を合祀し、園城寺(三井寺)の鎮守とした。本殿は正面五間の構造で類例の少ない社殿である。美女祈願・魔除け・勝運・無病息災・安産・縁結び・恋愛成就などのご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市三井寺町4-1

田村神社

田村神社(たむらじんじゃ)は滋賀県甲賀市土山町にある神社である。毎年2月18日を中心とした3日間に執り行われる厄除大祭で有名である。交通安全や鬼や悪霊を退ける厄除けのご利益があるとされています。

住所 滋賀県甲賀市土山町北土山469

長命寺

長命寺(ちょうめいじ)は、滋賀県近江八幡市にある寺院。山号は姨綺耶山(いきやさん)。西国三十三箇所第三十一番札所。天台宗系単立。聖徳太子の開基と伝える。延命長寿、諸願成就のご利益があるとされています。

琵琶湖畔にそびえる長命寺山の山腹に位置し、麓から本堂に至る800段余の長い階段で知られる。かつての巡礼者は、三十番札所の竹生島宝厳寺から船で長命寺に参詣した。

住所 滋賀県近江八幡市長命寺町157

河内風穴

河内風穴(かわちふうけつ)は、滋賀県犬上郡多賀町河内にある鍾乳洞。総延長約6,800mの大洞窟であり、同町の主要な自然景勝地の一つ。しかし、未測量部分が残っており、数値は今後更新される余地がある。総面積も1,544m²と広い。「河内の風穴(かわちのふうけつ)」とも称す。

洞口(洞窟の出入り口)は高さ1mと小さいものの、内部は4層に分かれていて広大である。第1層は1,190m²、第2層215m²、第3層33m²、第4層116m²で、そのうち第1層と第2層の一部が一般公開されている。洞口から約200mほどの公開範囲の奥は入り組んでいるため、許可を得た者しか立ち入れない。なお、一般公開されている部分には鍾乳石などの鍾乳洞特有の地形は乏しい。

なお、その昔、地元の村人が洞内に犬4頭を放して洞口を閉ざしたところ、1頭は死に、残りの3頭は鈴鹿山脈の向こう側の伊勢国(現・三重県)に現れたとの言い伝え(口伝)が残っている。

1959年(昭和34年)、「河内の風穴」の名で滋賀県指定天然記念物(史跡名勝天然記念物)に選定されている。

住所 滋賀県犬上郡多賀町河内

沙沙貴神社

沙沙貴神社(ささきじんじゃ)は滋賀県近江八幡市安土町にある神社である。式内社で、旧社格は県社。少彦名命を主祭神として計四座五柱の神々を祀り、「佐佐木大明神」と総称する。佐佐木源氏の氏神であり、佐々木姓発祥地に鎮座する。良縁にご利益があるとされています。

住所 滋賀県近江八幡市安土町常楽寺2

馬神神社

馬神神社(うまがみじんじゃ)は、滋賀県大津市の神社。金運や出世勝運などのご利益があるとされています。

興生相生大明神(こうしょうそうせいだいみょうじん)とも呼ばれ、もとは札の辻の人馬会所敷地内にあったもので、明治43年(1910)に現在地の長等(ながら)神社境内(三井寺町)に移された。寛永年中(1624~1644)に疫病が大流行したとき、多くの牛馬が死んだので、京都吉田社より神を勧請(かんじょう)し、疫病退散の祈祷(きとう)をしたことに始まるといわれる。以来、大津宿の惣鎮守(そうちんじゅ)として馬持ち達の信仰を集めた。

住所 滋賀県大津市三井寺町4-1

光明寺

光明寺は、滋賀県草津市渋川の真宗興正派寺院。寺のヨガ教室「寺ヨガ」を催していることで注目されている。

住所 滋賀県草津市渋川1-6-15

唐崎神社

唐崎神社(からさきじんじゃ)は、滋賀県大津市にある神社。日吉大社の摂社の一つである。琵琶湖西岸に位置する。境内は滋賀県指定史跡になっている。日吉大社の社伝によれば、舒明天皇6年(633年)、琴御館宇志丸宿禰がこの地に居住し「唐崎」と名附けたという。祭神の女別當命は宇志丸宿禰の妻である。当社は持統天皇の時代に創建されたと伝えられる。かつては「女別当社」と呼ばれ、婦人病に霊験ありとして広く信仰を集めた。境内には、宇志丸宿禰が植えたのに始まるとされる「唐崎の松」がある。境内から琵琶湖を背景に唐崎の松を描いた歌川広重の「唐崎の夜雨」で知られており、近江八景に選ばれている。宇志丸宿禰が植えた初代の松は天正9年(1581年)に大風で倒れ、現在の松は天正19年(1591年)に植えられた2代目である。

住所 滋賀県大津市唐崎1-7-1

三尾神社

三尾神社(みおじんじゃ)は、滋賀県大津市の神社。安産や子授かりなどにご利益があるとされています。

手水舎が兎で、兎の口から水がでてくる。神紋が「真向きのうさぎ」で、境内のあちこちに兎が見られる。卯年生まれの守護神と言われる。

その昔、伊弉諾尊がこの地に降りられ長等山の地主神となられた。この神は常に三つの腰帯をつけておられ、その色は赤・白・黒その形は三つの尾をひくのに似ていたので三尾明神と名づけられたという。

住所 滋賀県大津市園城寺町251

長寿寺

長寿寺(ちょうじゅじ)は、滋賀県湖南市石部地区にある天台宗の寺院。山号は阿星山(あぼしさん)、本尊は木造地蔵菩薩(秘仏)。鎮守社は白山神社で本堂の東に隣接する。

参道右手にある「子宝の石」がパワースポットだという。延命長寿、諸願成就のご利益があるとされています。

住所 滋賀県湖南市東寺5-1-11

石馬寺

石馬寺は、滋賀県東近江市の臨済宗妙心寺派寺院。寺伝によると、1300年前に聖徳太子が当地を訪れ、山麓の松の木に馬をつなぎ、霊地を探して山上に登り、もどるとその馬は石になって池に沈んでいたことから、これに霊異を感じた太子が開基したと言われる。聖徳太子直筆の「石馬寺」の三文字の木額と乗馬像は今もなお重要な寺宝として所蔵され、石になったと伝えられる馬は、坂の下の蓮池に背中を見せてる。

収蔵庫には十一体の国指定重要文化財の仏像が安置されているほか、書院の庭は石馬の庭として有名。

住所 滋賀県東近江市五個荘石馬寺町823

比良山

比良山地 (ひらさんち) は、滋賀県の琵琶湖西岸に連なる山地。最高峰は武奈ヶ岳(ぶながたけ、1,214.4 m)。厄除けのご利益があるとされています。

大部分が琵琶湖国定公園に属し、古くから近江八景の一つ「比良の暮雪」で知られる景勝地。京阪神からの交通の便もよく、登山やスキーに多くの人が訪れる。

住所 滋賀県大津市木戸

日雲神社

日雲神社(ひくもじんじゃ)は滋賀県甲賀市信楽町に鎮座する神社である。

住所 滋賀県甲賀市信楽町牧78

安土城

安土城(あづちじょう)は、滋賀県近江八幡市安土町下豊浦にあった日本の城(山城)である。城址は国指定特別史跡で、琵琶湖国定公園第1種特別地域である。織田信長の築城。安産 健康 祈願成就などにご利益があるとされています。

安土城は風水的に良い立地にある。気が北から南に流れ、竹分島の気が琵琶湖を渡り安土山に流れ込み、安土山を囲む山々が気をたくわえている。また、天守内部の宝塔(推定)や絵画、そして総見寺の存在など、一般的に宗教心が薄いとされる信長にしては異例と言えるほど宗教の影響が多く見られる。これにより少なくとも、信長が単純な無神論者であったという考えは、現在ではほぼ否定されている。

住所 滋賀県蒲生郡安土町下豊浦

小椋神社

小椋神社(おぐらじんじゃ)は滋賀県大津市にある神社。小椋神社、大宮神社、若宮神社、今宮神社、新宮神社の5社が祀られ、中世には五社大権現(大明神)ともよばれ信仰を集めた。

例祭は5月3日に行われ、仰木祭りと称される。また、例年雨天が多く神輿の通った後が泥田のようになったため、泥田祭ともよばれる。平安時代後期に仰木に移り住んだ清和源氏の2代目、源満仲公を偲ぶ古式行事が行われ、流鏑馬、5社の神輿の巡幸が行われる。

住所 滋賀県大津市仰木4-38-55

木之本地蔵院

木之本地蔵院(きのもとじぞういん)は、滋賀県長浜市にある時宗の寺院。公式の寺号は浄信寺(じょうしんじ)であるが、一般には「木之本地蔵」「木之本地蔵院」の名で知られている。眼病平癒のご利益があるとされています。

山号は長祈山(ちょうきさん)。本尊は地蔵菩薩(秘仏)である。境内には秘仏本尊の写しである高さ約6mの地蔵菩薩大銅像があり、これは日本三大地蔵の一つとされている。眼病平癒の地蔵として信仰を集めている。

庭園に棲むと言われる蛙は眼病患者が回復するよう願をかけ、片方の目をつむり暮らしていると言われている。参拝者が「身代り蛙」の置き物を奉納する習わしがある。

住所 滋賀県長浜市木之本町木之本944

長浜八幡宮

長浜八幡宮(ながはまはちまんぐう)は滋賀県長浜市にある神社。旧社格は県社で、別表神社。日本三大山車祭の「長浜曳山祭」で有名。平安時代後期(1069年)に源義家からの発願をうけた後三条天皇の勅により、石清水八幡宮を勧請して創建したと伝わる。戦国時代には兵火を受けて衰退したが、長浜城城主となった羽柴秀吉により復興された。長浜八幡宮には、縁の松(えにしのまつ)と呼ばれる、黒松と赤松が自然とお互いが支えあうように成長した2本の松がある。その松の間をくぐって祈願すると、良縁や夫婦家庭円満のご利益が授かるといわれている。「国家鎮護」「安産」「勝運招来」などのご利益があるとされています。

住所 滋賀県長浜市宮前町13-55

調宮神社

調宮神社(ととのみやじんじゃ)は滋賀県犬上郡多賀町にある神社。御祭神は伊邪那岐命、伊邪那美命。

伊邪那岐命が杉坂山にご降臨され、多賀の地へ到着する前に当地に鎮座したと伝えられる。そのため、多賀大社の奥宮として信仰されており、多賀大社の御旅所とされている。境内には、樹齢300年以上の大杉、巨石が見られる。

住所 滋賀県犬上郡多賀町栗栖242

比婆神社

比婆神社は、滋賀県彦根市男鬼町にある神社。御祭神は伊邪那美大神。本殿は巨大な石灰岩に囲まれており、地下には洞窟があるという。開運などにご利益があるとされています。

住所 滋賀県彦根市男鬼町

綿向山

綿向山(わたむきやま)は滋賀県蒲生郡日野町北畑にある標高1,110mの山である。鈴鹿国定公園内にあり、7世紀頃から山岳信仰の対象として崇拝されている。

水無山北尾根の8合目には金明水と呼ばれる水場がある。頂上には天穂日命社が祀られた大嵩神社があり、毎年4月20日に嶽祭りが執り行われる。綿向神社の奥宮がある。

山頂の西1.7km付近に綿向山麓接触変質地帯がある。国の天然記念物に指定されている。山頂には「青年の塔」が建てられている。家内安全などにご利益があるとされています。

住所 滋賀県蒲生郡日野町熊野

霊窟の石仏

霊窟の石仏(蓬莱丘地蔵尊)は、滋賀県大津市にある地蔵尊。比叡山鉄道線(坂本ケーブル)ほうらい丘駅のすぐ前。

大正時代のケーブル建設工事の際、信長による焼き討ちの犠牲になった人々の霊を慰めるために刻まれたという地蔵尊が多数発掘され、集めて祀られた。

住所 滋賀県大津市坂本本町4244

金剛輪寺

金剛輪寺(こんごうりんじ)は、滋賀県愛知郡(えちぐん)愛荘町にある天台宗の寺院。山号は松峯山(しょうほうざん)。地名から松尾寺ともいう。

本尊は聖観音、開基(創立者)は行基とされる。西明寺、百済寺(ひゃくさいじ)とともに湖東三山の1つに数えられる。

住所 滋賀県愛知郡愛荘町松尾寺874

豊満神社

豊満神社(ほうまんじんじゃ)は、滋賀県愛知郡愛荘町の神社。「旗神さん」「御旗さん」という呼び名で親しまれている。神功皇后の軍旗の守護神として皇后軍を導き、旗神と称するようになった。神社内に存する竹林の竹を軍旗の棹に使うと、戦勝があるといわれ、皇室の崇敬も篤く源頼朝をはじめ多くの武将が珍重していたと伝えられている。境内の四脚門は鎌倉時代後期に建立された入母屋造り、檜皮こけら鎧葺きで国の重要文化財。最近では豊満神社という名前からか、女性の容姿向上にも御利益がある「恋と美の神」だといわれ、全国各地から若い女性が多数お参りしている。

拝殿前の「ハート石」は恋愛成就の奇跡の自然石と言われる。本殿裏杜の中には、「美人の木(告白の木)」「夫婦コブシの木」「恐竜の木」などのパワースポットがある。美人祈願、縁結び、安産、勝運、金運などにご利益があるとされています。

住所 滋賀県愛知郡愛荘町豊満392

伊香具神社

伊香具神社(いかぐじんじゃ)は、滋賀県長浜市木之本町大音にある神社である。湖北随一の名社と称される。2月24日にオコナイが催される。近くに樹齢約400年という白樫がある。縁結び 恋愛成就 良縁祈願 結婚・火伏せ 防火 防災・学問成就 合格祈願・交通安全 旅行安全 ・厄除け 厄払いなどのご利益があるとされています。

住所 滋賀県長浜市木之本町大音688

常楽寺

常楽寺(じょうらくじ)は、滋賀県湖南市石部地区にある天台宗の寺院。山号は阿星山(あぼしさん)、本尊は千手観音。子宝・安産・長寿にご利益があるとされています。

同じ地区にある長寿寺の「東寺(ひがしでら)」に対して、「西寺(にしでら)」と呼ばれている。長寿寺、善水寺とともに湖南三山の1つに数えられる。

1月中旬には祭事の鬼ばしりが行われる。近江西国三十三箇所観音霊場第一番札所。

住所 滋賀県湖南市西寺6丁目5-1

瑞龍寺

瑞龍寺(ずいりゅうじ)は、滋賀県近江八幡市の八幡山山頂にある、日蓮宗の寺院。門跡寺院。縁結びにご利益があるとされています。

智(とも)は子供のない弟・豊臣秀吉に長男の秀次を養子として出していたが、1595年(文禄4年)秀次は切腹を命じられ、秀次の妻子も三条河原で処刑、夫の三好吉房も流刑となった。唯一残された智は処刑された子や孫の菩提を弔うために出家、以前から帰依していた日蓮宗による寺院を嵯峨の村雲(現在の二尊院の近く)に開いた。このとき村雲の寺地と「瑞龍寺」の寺号、寺領1000石を与えたのが後陽成天皇であり、このため瑞龍寺は日蓮宗寺院では唯一の門跡寺院となり、別名を村雲御所と称するようになる。以後、代々皇女や公家の娘を貫首として迎えた。江戸時代には嵯峨から西陣(現在の堀川今出川付近)に移転する。その後、1788年(天明8年)天明の大火で全焼し、9世・日尊尼は1824年(文政7年)から28年の歳月を掛けて再建した。1961年(昭和36年)、11世・日浄尼のとき、京都今出川堀川から秀次ゆかりの八幡山城址に移されたが、日浄尼はその完成を見ず遷化。その後、1968年(昭和43年)入山したのが、小笠原氏出身の12世・日英尼である。家庭の不幸から出家に追い込まれた日英尼は、以後の生涯を瑞龍寺の再建に捧げた。その後を嗣いだのが、宝塚歌劇団卒業生であった桜緋紗子こと13世・日凰尼である。日凰尼は2002年(平成14年)3月20日に89歳で遷化するまで瑞龍寺の再建に寄与した。14世・日澄尼までは尼僧であったが、現住15世は男僧の鷲津日英貫首(枚方市最妙寺より晋山)。

住所 滋賀県近江八幡市宮内町19-9

明王院

明王院(みょうおういん)は、滋賀県大津市葛川坊村町(かつらがわぼうむらちょう)にある天台宗の寺院。山号は北嶺山(安曇山とも)。本尊は千手観音。近畿三十六不動尊二十七番。

開基は相応和尚(そうおうかしょう)である。地名を冠して葛川明王院(かつらがわみょうおういん)と称されることが多く、息障明王院(そくしょうみょうおういん)、葛川息障明王院、葛川寺などとも称される。大津市北郊の深い山中に位置する天台修験の道場である。開基の相応は回峰行(比叡山の山上山下の霊地を巡礼し、数十キロの道のりをひたすら歩く修行)の創始者とされている。

住所 滋賀県大津市葛川坊村町155

管山寺

管山寺(かんざんじ)は、滋賀県伊香郡余呉町の真言宗豊山派寺院。山号は大箕山。旧・龍頭山大箕寺。開山は照檀、天平宝字8年(764)開創された。

孝謙天皇の勅願寺で、境内には白山権現社と天満宮があり、菅原道真の中興により造営されたと伝わる。

現本堂は元禄5年(1692)建立で、菅原道真公が寺院を建立し不動明王を安置したと記されている梵鐘は、建治3年(1277)作で、国指定重要文化財になっている。

また、山門の左右にある樹齢1000年を超えるという2本のケヤキの巨木は、菅原道真が植えたと伝わる。開運にご利益があるとされています。

住所 滋賀県伊香郡余呉町坂口576

関蝉丸神社

関蝉丸神社(せきせみまるじんじゃ)は、滋賀県大津市にある神社である。社格は旧郷社。上社(旧称関大名神蝉丸宮)と下社(旧称関清水大名神蝉丸宮)からなり、また当神社の分社とされる蝉丸神社と3社を併せて蝉丸神社と総称する場合もある。芸能上達にご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市逢坂1-15-6

三島池

三島池(みしまいけ)は滋賀県米原市(旧山東町)にある貯水池。700年程前に造られた。姉川の伏流水を利用して灌漑用に作られた。別名、比夜叉池。

1959年(昭和34年)に滋賀県の天然記念物「マガモ自然繁殖の南限地」に指定された。池の南に「蛍の川」が流れ、6月上旬頃にはホタルが見られる。

佐々木秀義が領主をしていたとき、旱魃に見舞われた。佐々木秀義が人柱を立てろというお告げを聞くと、その乳母である比夜叉御前が自ら進んで池に身を投げた。以来、水が枯れることは無いという。彼女は身を沈める直前に機織をしていたといわれ、今でも小雨降る夜は機織の音が聞こえるという。

住所 滋賀県米原市池下

雨乞岩

雨乞岩は、滋賀県甲賀市の笹ヶ岳にある巨大な一枚岩。この岩に雨乞いすると恵みの雨が降ると言われた。長寿・豊作・雨乞などのご利益があるとされています。

住所 滋賀県甲賀市信楽町神山

新宮神社

大津市新宮神社は、滋賀県大津市の神社。壬申の乱(672年)で敗れ石山寺近くで果てた大友皇子を祀る。夫婦和合、縁結び、金運招福、厄除け開運にご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市石山寺2丁目13-16

天孫神社

天孫神社(てんそんじんじゃ)は、滋賀県大津市にある神社。社格は旧県社。延暦年間(782年~806年)の創建と伝えられる。はじめ琵琶湖畔にあったが、文明年間(1469年~1487年)に現在地に移った。縁結び」「海上安全」「勝運招来」などにご利益があるとされています。

例祭は10月第2日曜日。前日土曜日の宵宮と併せて大津祭と称される。日吉大社の山王祭、建部大社の祭礼とともに大津三大祭のひとつに数えられる。また、山王祭、長浜曳山とともに湖国三大祭のひとつともなっている。10月9日に宵宮があり、10月10日には、13基の曳山(山車)が市内を巡行する。大津祭の起源は、慶長年間(1596年~1615年)とされる。現在10月10日(体育の日)が10月第二月曜日となり、これに合わせその前々日、前日に行われている。

住所 滋賀県大津市京町3丁目3-36

藤ヶ崎龍神

藤ヶ崎龍神は、滋賀県近江八幡市にある神社。金運・開運招福・縁結び・健康などのご利益があるとされています。

平安時代に宮廷の画家として活躍した巨勢金岡(こせのかなおか)がこの地を訪れ、風景を描こうとしたが、そのあまりの雄大な絶景のために描くことができず筆を折ってしまったことから、この地を「筆ヶ崎」と呼ぶのだという。

住所 滋賀県近江八幡市牧町

菅山寺

菅山寺(かんざんじ)滋賀県長浜市の大箕山(だいき)山中にある真言宗豊山派寺院。奈良時代、孝謙天皇の勅を受けた照檀上人が開山、龍頭大箕寺と称し、平安前期に菅原道真が宇多天皇の勅使として入山、3院49坊を建てて大箕山菅山寺と改名した。

山門の左右には、菅原道真御手植えと伝えられる樹齢千余年の欅がそびえる。樹高15m、20m、幹周6.2m、5.8m。道真公が45歳の時に植えられたという。

鬱蒼と茂る樹林の間に本堂、護摩堂、経堂、鐘楼などが建ち並び、鎌倉中期の作銘を持つ銅鐘は大正15年(1926)国の重要文化財に指定されている。

言い伝えによると、天女が産んだ男子を寺で養育していたが、それが菅原道真その人であるという。境内の近江天満宮には、道真の自作と伝わる像が祀られてる。眼病にご利益があるとされています。

住所 滋賀県長浜市木之本町大見

苗村神社

苗村神社(なむらじんじゃ)は、滋賀県蒲生郡竜王町にある神社。 西本殿の祭神は国狭槌命(くにのさづちのみこと)、東本殿の祭神は大国主命(おおくにぬしのみこと)・素盞嗚尊(すさのおのみこと)。 延喜式神名帳に長寸(なむら)神社として列座された格式高い式内社。旧社格は県社。 近郷の33ヶ村にわたって氏子を有する総社で、茅葺きの楼門には神仏混合のなごりで木造不動明王像がある。開運招福、厄除、工芸技術、産業、家内安全、子授け、安産、子守のご利益があるとされています。

住所 滋賀県蒲生郡竜王町大字綾戸467

向源寺

向源寺(こうげんじ)は、滋賀県長浜市にある真宗大谷派の寺院。山号は慈雲山。国宝の十一面観音像を有することで知られる。観音像は当寺に属する渡岸寺(どうがんじ)観音堂に安置されている。眼病にご利益があるとされています。

住所 滋賀県長浜市高月町渡岸寺88

叶・多賀門

叶・多賀門は滋賀県犬上郡多賀町の近江鉄道多賀大社前駅前にあるモニュメント。願い事を書いた絵馬札を持ち、石の門をくぐり抜け鳥が彫られている願いの石に絵馬札を貼る。

住所 滋賀県犬上郡多賀町多賀

賀茂神社

賀茂神社(かもじんじゃ)は、滋賀県近江八幡市にある神社である。「御猟野乃杜賀茂神社(みかりののもりかもじんじゃ)」とも称する。

御祭神は神武東征にあたり八咫烏に化身して神武天皇を導いた賀茂建角身命(かもたけつのみのみこと)、賀茂玉依比賣命(かもたまよりひめのみこと)、賀茂別雷命(かもわけいかづちのみこと)、火雷命(ほのいかづちのみこと)。縁結び・子宝・安産祈願にご利益があるとされています。

奈良時代の736年(天平8年)に聖武天皇によって創建された。

白村江の戦いの後、天智天皇が「これからは騎乗技術の発展と馬匹の繁殖が大事」と考え、賀茂神社の地に国営牧場を造った。その後、日本の荒廃を憂いた聖武天皇が、国民の災いを封じ国土の平安を祈る神社を建立するため、日本の陰陽道の祖といわれている吉備真備を中心にして、壮大な社殿を構築した。

一般の神社の場合本殿の向きは南向きか東向きだが、陰陽道が関わっている関係で、本殿が北東(表鬼門)という特殊な方位にあり、それにより本殿の向いている方位が南西(裏鬼門)になっている。

日本初の国営牧場が置かれたことから、創建当初より馬との関わりが深く、「馬の聖地」として崇敬が寄せられる。

創建時より、御料地「御猟野(みかりの)」として、猟や競馬が行われていた。さらに、平安時代に始められた京都上賀茂神社の競馬会神事を後白河上皇の意により当地でも継承した。例祭賀茂祭では、およそ 400m の直線の馬場を用いて、7頭の馬により、2頭ずつ 7回の競走を行い、上賀茂神社の競馬会に参加する馬を決する神事「足伏走馬(あしふせそうめ)」が行われる。境内には、日本一大きな神馬像が置かれる。

住所 滋賀県近江八幡市加茂町1691

大杉神社

大杉神社は、滋賀県彦根市武奈町にある神社。北原竜宮、大杉竜王とも呼ばれる。御祭神は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、皇親神漏身命(すめらかむつかむろみのみこと)、皇親神漏樹命(すめかむつかむろぎのみこと)。

およそ720万年前に伊邪那岐命がこの武奈山に御鎮座され、その後、霊仙(日本で唯一の三蔵法師)がこの地にあった大杉の幹に注連縄を張って、三神をお祀りしたという。

住所 滋賀県彦根市武奈町

西教寺

西教寺(さいきょうじ)は、滋賀県大津市坂本にある仏教寺院。天台系仏教の一派である天台真盛宗の総本山である。山号は戒光山、本尊は阿弥陀如来。良縁から商売繁盛などにご利益があるとされています。

開基(創立者)は聖徳太子とする伝承もあるが判然とせず、室町時代、中興の祖であり天台真盛宗の宗祖である真盛が入寺してから栄えた。寺名は詳しくは兼法勝西教寺(けんほっしょうさいきょうじ)という。

住所 滋賀県大津市坂本5丁目13-1

石作神社

石作神社玉作神社(いしつくりじんじゃ・たまつくりじんじゃ)は、滋賀県長浜市(旧伊香郡木之本町)に鎮座する神社である。家内安全、産業振興などにご利益があるとされています。

中世以降の度々の戦禍により創祀の年代・由緒は不詳。近隣の水田に「石作」という塚があり、禁足地となっており、旧社地との伝承がある。

住所 滋賀県長浜市木之本町千田793

胡宮神社

胡宮神社は、滋賀県犬上郡多賀町の神社。もと敏満寺の旧坊福寿院の庭だった。室町末期の代表的な鑑賞式庭園で、水亭と浮石の配置が見事。寿福・延命にご利益があるとされています。

住所 滋賀県犬上郡多賀町大字敏満寺49

泉神社

泉神社(いずみじんじゃ)は滋賀県米原市にある神社。御祭神はスサノオと大己貴命。伊吹山の麓に位置する。天智天皇がこの地を弓馬繰錬場と定め、人々が住居を構えた際、清冽な水が湧き出したと言われている。病気や怪我の平癒にご利益があるとされています。

伊吹三名水の一つで、日本武尊の居醒水(いざめみず)でもあり、小栗助重が病の平癒を祈願した命乞いの水として由緒深いものである。1985年(昭和60年)に名水百選の一つ選定されている。

滋賀県文化財である梵鐘があり、また米原市文化財の獅子頭、旱魃の水乞に使用されたという大太鼓がある。龍穴の跡とも言われている。

住所 滋賀県米原市大清水

雄琴神社

雄琴神社(おごとじんじゃ)は、滋賀県大津市雄琴にある神社である。厄除けのご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市雄琴二丁目10-1

大通寺

真宗大谷派長浜別院大通寺(しんしゅうおおたにはながはまべついんだいつうじ)は、滋賀県長浜市にある真宗大谷派の寺院である。同派の別院。真宗本廟(東本願寺)を本山と仰ぐ。

本尊は阿弥陀如来。山号は「無礙智山」。別名は「長浜御坊」。「長浜別院」、「大通寺」と略称される。

住所 滋賀県長浜市元浜町32-9

坂田神明宮

坂田神明宮(さかたしんめいぐう)は滋賀県米原市近江町に鎮座する神社である。「知恵授け」「病気平癒」のご利益があるとされています。

住所 滋賀県米原市宇賀野849

立木山寺

立木山寺(たちきさんじ)は滋賀県大津市にある浄土宗の寺院。新西国三十三箇所の20番である。正式の寺号は「安養寺」(あんようじ)といい厄除けの寺院として知られる。「立木観音」の通称でも知られており地元では「立木さん」とも呼ばれる。寺伝によれば、815年(弘仁6年)、空海(弘法大師)がこの地に立ち寄った際、瀬田川の対岸に光り輝く霊木を見つけた。ところが川の流れが速く、渡れないでいるところに白鹿が現れ、大師を背に乗せ対岸まで導いてくれた。白鹿はたちまち観世音菩薩に姿を変え、虚空に消え去ったという。この奇跡に感服した弘法大師は霊木に五尺三寸の観世音菩薩像を彫刻し、それを本尊としてこの寺を建てたという。この時、空海が厄年の42歳であったとされるため、広く厄除けの霊験あらたかな観音像として信仰されることとなった。当寺は現在浄土宗に属するが、空海開基の伝承をもつことから、創建当初は真言密教系の寺院であったと推定される。瀬田川河畔から約700段もの急な石段が本堂まで続く。石段を上りきると狭い境内には本尊である立木観音像を安置する本堂があり、本堂裏にも礼拝所が設けられている。本堂からなおも石段を登ると小さな鐘楼があり、参拝者はここで鐘をひとつきして厄を落とす。さらに上へ登ると奥の院があり、ここには道了権現大菩薩が祀られている。毎月17日は縁日となっており多くの参拝客でにぎわっている。災難除・厄除、心願成就、学業成就、交通安全、無病息災などにご利益があるとされています。

住所 滋賀県大津市石山南郷町奥山1231

岩間寺

岩間寺(いわまでら)は、滋賀県大津市の岩間山山頂に立つ真言宗醍醐派寺院。西国三十三所第12番札所。泰澄が養老6(722)年に創建した。

本尊の千手観音像は「汗かき観音」「雷除け観音」とも呼ばれ、厚い信仰を集める。ボケ封じで知られる。

住所 滋賀県大津市石山内畑町82

日吉二宮神社

日吉二宮神社(ひよしにのみやじんじゃ)は滋賀県高島市新旭町深溝に鎮座する神社である。旧村社。魔除け・必勝のご利益があるとされています。

住所 滋賀県高島市新旭町深溝1452-3

十王村の水

十王村の水(じゅうおうむらのみず)は、滋賀県彦根市西今町にある湧水である。十王村というのは水源地付近の昔の地名であり、湧水は犬上川の伏流水である。

古くから「淡海録」や「淡海国木間捜」にも記録があり、元禄年間(1688年〜1704年)の頃から、「五個荘清水ヶ鼻の水」、「醒井の水」と並び、湖東三名水のひとつと呼ばれていた。

石の柵で囲まれた池にあり、池の中央には地蔵菩薩を祀った六角形の地蔵堂がある。

昔、十王村から遠い村に嫁いだ娘に子供ができたが、母乳が出ず、十王村の水を汲んで飲んだところ、たちまちお乳が出るようになった、という伝説がある。そのため、地元では母乳の地蔵様として信仰されている。1985年(昭和60年)環境省の名水百選の一つに指定された。

住所 滋賀県彦根市西今町

総持寺

総持寺(そうじじ)は滋賀県長浜市の真言宗豊山派寺院。. 松梅(しょうばい)」が「商売」に通じることから商売繁盛や金運のご利益があるとされています。

奈良時代、諸国に国分寺が建てられた頃、行基によって開山。室町時代中期、実済が中興、後花園天皇の勅願寺として惣持院の号を得た。戦国時代に姉川の合戦で焼失したが、豊臣秀吉が120石の寺領を寄進して再興した。

江戸時代前期の造立銘を持つ山門には、約2万平方メートルの広大な境内を守るかのように、迫力ある金剛力士像が左右に配されている。両国四十九薬師霊場の三十一番札所で、本尊薬師如来は「頭の薬師」と呼ばれる。4月下旬から5月上旬には境内一帯に牡丹が咲き、牡丹の寺として親しまれている。

本堂の前庭に、梅と松が重なり合うように成長した「松梅の木」と呼ばれる木がある。弘法大師が総持寺の境内で昼食を摂られた時の梅干が生え、それに松が宿ったものであると伝えられる。「松梅(しょうばい)」は「商売」に通じることから、商売繁盛にご利益があるという。また二本の異なる木が重なり合うように立つことから、縁結びの御利益があるとも言われる。

住所 滋賀県長浜市宮司町708

大師寺

大師寺は滋賀県彦根市にある真言宗寺院。彦根周辺では「駅前の弘法さん」として親しまれている。

寝弘法さんの寺として知られ、その寝弘法さんの頭の中には、京都東寺から分けていただいたという釈迦の遺骨の一部・お舎利が納められており、「南無大師遍照金剛・・・」と唱えながら、寝弘法さんの頭や体を撫でてお願いごとをすると願いごとが叶うといわれている。

大師寺は、「彦根一箇所七福神」と呼ばれる七福神の石像がそろっている一箇所七福神でもある。入試合格・学業成就・技芸上達・開運厄除・家内安全・身体健全・交通安全・諸魔退散等、諸願成就のご利益があるとされています。

住所 滋賀県彦根市佐和町7-19

飯道神社

飯道神社(いひみちじんじゃ、はんどうじんじゃ)は滋賀県甲賀市にある神社。飯道山(はんどうさん、標高664メートル)に鎮座する。

御祭神は伊弉冊尊、速玉男命、事解男命。本来の祭神は原始山岳信仰の対象である飯道神であった。近世以前の神宮寺であった飯道寺とともに修験霊場として知られていた。

飯道山は全山が花崗岩からなり、西覗き岩・不動押し分け谷・蟻の塔渡し・胎内くぐり・鐘掛岩などの奇岩が各所にある。山上には飯道寺跡・行者堂・弁天堂・五院跡・木喰上人応其墓などの遺構も残る。

住所 滋賀県甲賀市信楽町宮町7

吉御子神社

吉御子神社(よしみこじんじゃ)は滋賀県湖南市にある神社。祭神は吉彦命・鹿葦津姫命・吉姫命、配祭神に誉田別命(応神天皇)・サルタヒコ 猿田彦命。崇徳天皇時代の開創と伝わる。現在の本殿は、幕末(1865年)に京都上賀茂神社の旧本殿を移築したもので、大正10年に国の重要文化財に指定されている。南方約1kmに位置する吉姫神社は、吉御子神社の男神に対する女神という関係にある。交通安全、厄除け、安産のご利益があるとされています。

住所 滋賀県湖南市石部西1-15-1

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