宮崎県 パワースポット

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高千穂神社

高千穂神社(たかちほじんじゃ)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町にある神社である.主祭神は一之御殿(いちのごてん)の高千穂皇神(たかちほすめがみ)と二之御殿の十社大明神。夫婦円満、友情、家内安全、子孫繁栄などのご利益があるとされています。

高千穂皇神は皇祖神とその配偶神の総称で、十社大明神は神武天皇の皇兄、三毛入野命(みけぬのみこと)とその妻子神9柱の総称とされる。

古来「十社大明神」や「十社宮」などと称されて来たが、明治4年(1871年)に「三田井神社」と改称、更に同28年(1895年)高千穂神社に改称した。

高千穂は日向三代の宮である高千穂宮が置かれた地と伝えられるが、天孫降臨伝承と在地固有の信仰が融合し、更に熊野修験も加わるなど複雑な信仰を包含する。また、古来より当神社の春祭りに対して槵触神社では秋祭りを行うなど、同神社とは密接な関係を持つものでもあった。

4月16日に例祭が行われる。

11月22-23日には「神話の高千穂夜神楽まつり」が催される。夜を徹して高千穂の夜神楽全33番(重要無形民俗文化財)が奉納される。ちなみに境内の神楽殿では、年間を通じて33番の中から「手力雄(たぢからお)」・「鈿女(うずめ)」・「戸取(ととり)」・「御神体(ごしんたい)」の4番が、観光用に実演されている。

旧暦12月3日には猪掛祭(ししかけまつり)が催される。鬼神鬼八の慰霊のために始められたもので、かつては16歳になる生娘を生贄として捧げていたが、天正年間(1573-93年)に三田井氏の家臣甲斐宗摂がこれを悪習と嘆き、高城山で巻狩を行って獲た16頭の猪(しし)を代わりに捧げ、以後「鬼餌の狩」と称する狩りで獲た猪を捧げるようになったと伝える。当日は町内3箇所の鬼八塚に氏子等が供物をするなどの慰霊祭を行った後、社頭で笹振り神事を行う。笹振り神事は神前に1頭の猪を丸ごと献饌し、鬼八の魂を鎮める「鬼八眠らせ歌」を歌いながら笹を左右に振る「笹振り神楽」を舞う。これによって鬼八は神へと昇華し、霜害を防ぐ「霜宮」に転生するという。なお、「笹振り神楽」は一に「地祇(ちぎ)の舞」とも呼ばれ、高千穂神楽の祖型であるとされている。

本殿東後方にある「鎮石(しずめいし)」がパワースポットと言われている。垂仁天皇の勅命による社殿創建に際して用いられた古石と伝え、この石に祈ると個人の悩みから世の乱れまでの一切が鎮められるという。因みに当神社では、茨城県鹿嶋市の鹿島神宮に伝わる「要石(かなめいし)」は同神宮の社殿造営に際して当神社より贈られたものと伝えている。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町

荒立神社

荒立神社

荒立神社(あらたてじんじゃ)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井宮尾野に鎮座する神社である。夫婦円満、縁結び、交通安全、五穀豊穣、教育、子宝、安産、長寿、歌や舞、芸能などにのご利益があるとされています。

猿田彦命(さるたひこのみこと)と天鈿女命(あめのうずめのみこと)の2柱を主祭神とし、大年神、迫天満、当地一帯に住む興呂木(こおろぎ)家の先祖を祀る。

猿田彦命は記紀に天孫降臨の道案内をした神であると記され、道開きの神として知られ、また、天鈿女命は同じく記紀に天照大神が天の岩戸に隠れた際に、楽しげに舞い踊った神として知られている。こうしたことから、交通安全、五穀豊穣、商売繁盛、厄除、夫婦和合、安産、長寿祈願、芸事の上達、厄除け、子宝、長寿などに利益があるとされている。

特に芸能と縁結びのパワースポットとして知られ、芸能人やスポーツ選手も多く参拝している。奥にある板木(ばんき)を七回叩くと願いが叶うという。板木は七福徳寿板木(しちふくとくじゅばんぎ)、未来板木(みらいばんぎ)、猿版木(さるばんぎ)の三つあり、願いによって板木が異なる。

住所 宮崎県高千穂町三田井464

真名井の滝

真名井の滝(まないのたき)は宮崎県高千穂町の滝。日本百選に選ばれている名瀑。高千穂峡の柱状節理の間に、落差17メートルで五ヶ瀬川に流れ落ちる景観がもっとも有名。浄化、健康運、美容、恋愛運などのご利益があるとされています。

住所 宮崎県高千穂町御塩井

高千穂峡

高千穂峡(たかちほきょう)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井にある五ヶ瀬川にかかる峡谷である。五箇瀬川峡谷(高千穂峡谷)として、国の名勝、天然記念物に指定されている。開運にご利益があるとされています。

峡谷は貸しボートで遊覧できるようになっており、峡谷に流れ落ちる日本の滝百選の一つである「真名井の滝」の至近まで近づくことが出来る。

天孫降臨の舞台として知られ、天岩戸神社、天安河原、高千穂神社などのパワースポットがひしめく。坂本龍馬が新婚旅行に訪れたという霧島温泉、威容を誇る高森殿の杉もほど近い。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井字御塩井

天岩戸神社

天岩戸神社(あまのいわとじんじゃ)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町にある神社である。岩戸川を挟んで東本宮と西本宮がある。

西本宮の旧称は「天磐戸神社」、東本宮は「氏社」であったが、明治4年(1871年)にそれぞれ「天岩戸神社」、「氏神社」と改称し、昭和45年に合併、現在のごとく天岩戸神社東西両本宮を称すようになった。

東本宮は天照大御神が身を隠した天岩戸(洞窟)を祀り、西本宮は大日霊尊(おおひるめのみこと)を祀る。主に天岩戸神社と呼ばれているのは西本宮で、御神体は拝殿の対岸にある天岩戸であるため、西本宮に本殿はない。天岩戸は神域のため、立ち入ることはできない。

拝殿から徒歩10分ほどのところに、スピリチュアルスポットとして有名な「天安河原」がある。諸願成就などにご利益があるとされています。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸1073-1

十根川神社

十根川神社は、十根川、大久保、椎原(しいばる)、鹿野遊(かなすび)、内の八重(うちのはえ)の五集落を氏子(うじこ)とし、縁結びの神様として崇敬されています。古くは八村大明神(やむらだいみょうじん)と呼ばれていました。明治以降は、大己貴乃命(オオアナムチノミコト)を祀っています。
村内に伝わる古文書『椎葉山由来記』、『椎葉山根源記』には、椎葉の山里に隠れ住む平家残党への追討使那須大八郎が、最初に陣屋を十根川に構えたと記しています。この陣屋を椎の葉で葺いたため「椎葉」の名が起こったことも記されています。

出典:https://www.shiibakanko.jp/tourism/spot/spot18

住所 宮崎県東臼杵郡椎葉村下福良字

青島神社

青島神社(あおしまじんじゃ)は、宮崎県宮崎市青島(旧北那珂郡青島村)にある神社である。

天津日高彦火火出見命(あまつひだかひこほほでみのみこと。彦火火出見命とも)とその妃神 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、そして塩筒大神(しおづつのおおかみ)を祀る。

日本神話の山幸海幸神話に因んで、縁結び・安産・航海安全の信仰を集めている。周囲1.5kmの青島全域を境内地とするが、青島は熱帯・亜熱帯植物の群生地であり、国の天然記念物にも指定されている。

境内の玉の井は、海積宮(竜宮城)の入り口にあったとされる井戸。彦火火出見命と豊玉姫との出会いのきっかけとなった井戸であるとも言われる。今でも年間を通して水を汲みに訪れる人々が、絶えず病気平癒・家内安全等の清めの水として使用されている。

「神ひな」または「夫婦びな」「願かけびな」と呼ばれるお守りがある。境内近くには奇岩「鬼の洗濯岩」が見られる。山幸彦と豊玉姫命、海神である塩筒大神を祀り、縁結び・安産・航海・交通安全などにご利益があるとされています。

住所 宮崎県宮崎市青島2丁目13-1

江田神社

江田神社(えだじんじゃ)は、宮崎県宮崎市にある神社である。縁結び、安産のご利益があるとされています。

日本神話に記される、黄泉から帰還した伊邪那岐尊が禊を行った「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原」の地であると伝える。近くにある「禊池(みそぎいけ)」が伊邪那岐尊(イザナギノミコト)が禊を行った地と伝えられ、かつては入江であったが、後に開墾されて「江田」と称された。

住所 宮崎県宮崎市阿波岐原町字産母127

天安河原

天安河原(あまのやすかわら)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町にある。岩戸隠れの際に、八百万の神々が集まって相談した場所であると伝えられている。天岩戸神社西本宮から岩戸川を500mほど遡った所にある河原。

河原の中央部に「仰慕窟」(ぎょうぼがいわや)という大きな洞窟があって、中には小さな鳥居と社が建てられている。この前で石を積みながら祈ると願い事が叶うと言われている。また、太鼓橋(石橋)の上で川上に向かって両手をかざすとパワーがもらえるという。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸1073-1

鵜戸神宮

鵜戸神宮(うどじんぐう)は、宮崎県日南市にある神社である。

日向灘に面した断崖の中腹、東西38m、南北29m、高さ8.5mの岩窟(海食洞)内に本殿が鎮座し、参拝するには崖にそって作られた石段を降りる必要があり、神社としては珍しい「下り宮」のかたちとなっている。

日子波瀲武鸕鷀草葺不合尊を主祭神とし、相殿に大日孁貴以下の皇祖神と神武天皇を祀る。主祭神降誕の地とされ、縁結び・夫婦和合・子授け・安産などの信仰を集めている。また境内には主祭神の陵墓とされる古墳もある。

本殿裏にある「お乳岩」は、乳房に似た2つの突起で、豊玉姫が綿津見国へ去る時、御子の育児のために左の乳房をくっつけたものと伝えられる。主祭神はそこから滴り落ちる「お乳水」で作った飴を母乳代わりにしたという。現在も安産や育児を願う人々から信仰されている

豊玉姫が海神宮(わたつみのみや)から来訪する際に乗った亀が石と化したものと伝えられる「亀石」がある。

境内社の波切神社(なみきりじんしゃ)がパワースポットと言われている。もとは波切不動尊と呼ばれ、廃仏毀釈により波切神社となった。縁結び・安産・育児・海上安全などのご利益があるとされています。

住所 宮崎県日南市大字宮浦3232

秋元神社

秋元神社は、高千穂神社などで知られる宮崎県高千穂町の神社。阿蘇神社の御祭神・建磐龍命が高千穂にある諸塚大白山に造ったと言われ、1683年に現在地に移された。

鬼門を向いて建っていることで知られ、この方向に線を伸ばすと日本本州を貫き伊勢神宮と向き合うとも言われている。

国常立尊、国挟土尊、豊斟淳尊の三神を祀り、主神の国常立尊が国土・大地の神様である為、国土安泰や心身健全などにご利益があると言われている。

拝殿の裏にある大きな岩が最大のパワースポット。高千穂バスセンターから車で40分の山奥である為、手付かずの自然も楽しめる。心身健全・国家鎮護御祭神の国常立命(くにとこたちのみこと)が国土の神様なので、健やかで穏やかな生活を求められる方におすすめです。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町向山水の口

霧島東神社

霧島東神社は、宮崎県西諸県郡高原町の神社。高千穂峰への中腹、標高500メートルの高台に鎮座する。夫婦円満、子宝などのご利益があるとされています。

創建は第10代崇神天皇の代、と言われ、ニニギノミコトが天孫降臨された際に、初めて祖先の神々を祀ったところと伝えられている。

霧島東神社の東南には約4.600年前におこった噴火の火口に地下水が溜まって出来た御池(みいけ)がある。直径約1km周囲3.9kmのほぼ円形。性空上人(しょうくうしょうにん)がこの池のほとりで修業をしている際に、九頭の神龍が現れ宝珠を渡したという。また神武天皇が幼少の頃、皇子港の水辺で遊んだという伝説も残る。

鳥居の右手にある「忍穂井」は神龍の泉と言われ、霊泉として効験あらたかと伝えられるが、女性は覗き込んではいけない。

享保12年(1722年)に造営された拝殿は奥の向拝柱に雌雄一対の龍柱が掘られており見逃せない。拝殿、本殿の横にあるサカキは朽ちた切株から新しく芽が出て再生しようとしている。

住所 宮崎県西諸県郡高原町大字蒲牟田

飫肥城

飫肥城(おびじょう)は、日向国南部(現在の宮崎県日南市)にある城である。江戸時代は伊東氏飫肥藩の藩庁として栄えた。飫肥市街北部の丘陵に曲輪を幾つも並べた群郭式の平山城である。

幸福のパワースポット「幸せスギ」がある。四つの角に四本の杉があり、対角線の交わるところに立つと幸せになれるという。

住所 宮崎県日南市飫肥10丁目

大御神社

大御神社は宮崎県日向市の神社。「日向のお伊勢さま」としてよく知られ、絶景の大海原を見渡す柱状岩に建つ。厄除けと開運招福のご利益があるとされています。

境内西側奥にある「神座(かみくら)」は、周囲30m高さ4mの巨石。天孫降臨として知られる天照皇大御神の孫にあたる瓊々杵尊(ニニギノミコト)が絶景の大海原を眺望された岩と伝えられる。君が代にうたわれる「さざれ石」とされている。境内にある洞窟内に鵜戸神社が鎮座する。

また「三代の亀石」がある。今から約1500万年前に堆積した火砕流が長い年月をかけて固まった柱状節理(溶結凝灰岩)で、長寿を象徴とする亀の形となっている。

住所 宮崎県日向市大字日知屋1

東霧島神社

東霧島神社(つまきりしまじんじゃ)は、宮崎県都城市高崎町にある神社。伊弉諾尊を主祭神として祀り、天照大神・瓊瓊杵尊・天忍穂耳尊・彦火火出見尊・鵜葺草葺不合尊・神日本磐余彦尊を配祀する。、安産祈願ができる樹齢1000年を超える大クスや、幸運・開運・厄除の力を発揮する竜王神水などがある。

霧島連峰の麓に鎮座する山岳信仰の神社で、霊峰高千穂峰をとりまく各聖地に祀られた霧島六社権現の一つである。

数々の伝説が残るが、鬼が一夜で積んだと言われる「鬼岩階段」は、振り向かずに心を込め願い事を唱えながら登ると願いが叶うとされ、別名「振り向かずの坂」とも呼ばれる。

また、十握の剣(とつかのつるぎ)で真っ二つに切られたという「神石」、龍の姿にみえる樹齢400年の杉などがある。

住所 宮崎県都城市高崎町東霧島1560

狭野神社

狭野神社は、宮崎県西諸県郡の神社。狭野神社(さのじんじゃ)は、宮崎県西諸県郡高原町にある神社である。霧島六所権現の一社。

神武天皇の生誕の地とされ、神武天皇の幼名、狭野尊(さのみこと)を祀る。厄除開運、交通安全、、長寿のご利益があるとされています。

孝昭天皇の時代、神武天皇が誕生した地(高千穂峰の麓の皇子原)に創建されたと伝えられる。その後、数度にわたる霧島山の噴火により社殿の焼失と遷座を繰り返し、現在地に遷座したのは慶長15年(1610年)である。

参道の美しい杉並木は、慶長5年(1600年)に秀吉による朝鮮出兵から島津義弘が、無事に帰国できたことを感謝し奉納したもの。

12月第1土曜日に行われる狭野神楽は、「高原の神舞(かんめ)」として国の重要無形民俗文化財に指定されている。

住所 宮崎県西諸県郡高原町蒲牟田120

クルスの海

クルスの海は、宮崎県日向市細島にある名勝である。

岩が波の侵食によって削り取られ、上空から見ると運河状になった海が十字に見える地点を指す。十字状の海であることから、ポルトガル語で「十字」を意味する「クルス」に「海」を加えた「クルスの海」という名称がつけられた。独特の形状を持つ事から、観光名所としても有名である。

また、この地点には「願いが叶うクルスの鐘」が日向市によって設置されている。

住所 宮崎県日向市細島32

都萬神社

都萬神社(つまじんじゃ)は、宮崎県西都市にある神社。木花開耶姫命を祀る。縁結びのご利益があるとされています。

社名の「都萬」は「妻」のことであり、祭神の木花開耶姫命が瓊々杵尊の妻であることによるとしている。社伝では、木花開耶姫命と瓊々杵尊が新婚生活を送った地が現在地であると伝えている。

近くには西都原古墳群があり、その後も日向国府が置かれた地であることから、古くから祀られていた神社と考えられる。

住所 宮崎県西都市大字妻1

えびの高原

えびの高原(えびのこうげん)は、九州南部に連なる霧島山の韓国岳、蝦野岳、白鳥山、甑岳に囲まれた盆地状の高原である。開運や商売繁盛などのご利益があるとされています。

高原北部に不動池、六観音御池、白紫池(びゃくしいけ)などの火口湖が点在し、池を巡る自然研究路は「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に選定されている。また、ここから韓国岳や大浪池への登山道が延びており、霧島山登山拠点の一つともなっている。温泉が湧出する保養地でもある。

韓国岳北西斜面の火山性扇状地はススキ野となっており、秋には赤く色づく。これは硫黄山から噴出する亜硫酸ガスが酸化され希硫酸となりススキに含まれるアントシアンに作用するためとされ、えびの高原の雨の多さ、秋の気温低下、強い紫外線などの条件も関与していると考えられている。

周辺の丘陵地にはアカマツなどの美林が広がっており、「森林浴の森100選」に選定されている。世界でもえびの高原近辺にしか自生しないノカイドウ(天然記念物指定)をはじめとして、ミヤマキリシマの群落、コツクバネウツギ、イワカガミやミヤマイツルソウなどの高山植物が見られる。

キュウシュウジカやイノシシなどが生息しており、秋に雄のシカが雌のシカを呼ぶ鳴き声は「日本の音風景100選」に選定されている。

「えびの」という名称の由来は、秋になるとススキ野が一面葡萄(えび)色に変わる景色から名付けられたとする説が一般的である。その一方で、入り江(鹿児島湾)を望む火山(韓国岳)の裾野すなわち江火野を語源とする説もあり正確な由来はわかっていない。

住所 宮崎県えびの市

宮崎神宮

宮崎神宮(みやざきじんぐう)は、宮崎県宮崎市神宮にある神社である。神日本磐余彦尊(神武天皇)を主祭神とし、父神鸕鷀草葺不合尊と母神玉依姫命の2柱を配祀する。病気平癒や必勝祈願や長寿などにご利益があるとされています。

地元では今でも親しみをこめて「神武さま」と呼ばれる。古くは「神武天皇宮(社)」、「神武天皇御廟」などと称されたが、明治6年(1873年)に「宮崎神社」と改称し、更に同11年「宮崎宮」と改称、大正2年(1913年)に神宮号が許可されて現社名となった。地元では「神武さま」と呼ばれ親しまれている。

社伝によれば、鎮座地は神武天皇が東征以前に宮を営んだ地で、後に九州に下向してきた皇孫の建磐龍命(阿蘇神社の祭神)がその縁に因んで創祀したといい、崇神天皇の時代に初めて社殿が創建され、景行天皇の熊襲征討に際して重ねて造営がなされ、更に応神天皇の時代からは『国造本紀』に載せる日向国造の祖、老男命(おいおのみこと)が祀るようになったと伝える。

4月3日の神武天皇祭では神事流鏑馬を行う。この流鏑馬は昭和15年の紀元2600年奉祝行事の一環として古儀に則り復興されたもの。長さ220mほどの流鏑馬馬場で、鎌倉武士に身を固めた騎馬武者が、南から北に向かって疾走しながら馬場の西側に建つ一辺60cmほどの四角い板の的を射る。

例祭後の土・日曜日に行われる宮崎神宮大祭(御神幸祭)では、宮崎神宮から瀬頭と大淀の御旅所(隔年で交替)まで、神輿を中心にシャンシャン馬や稚児行列が練り歩く国指定天然記念物の大白藤(オオシラフジ)がある。根回り2.95mで幹が2つに別れている。

住所 宮崎県宮崎市神宮2丁目4-1

関之尾滝

関之尾滝(せきのおのたき)は宮崎県都城市関之尾町にある滝。日本の滝百選の一つ。畜産、疾病、縁結、開運、商売繁盛にご利益があるとされています。

大淀川支流の庄内川にかかる。大滝、男滝、女滝の3つからなり、幅約40m、落差18mの大滝はおよそ11万年前の加久藤カルデラの噴出物である溶結凝灰岩を浸蝕している。

男滝は北前用水路の余水吐き、女滝は取水口で明治時代に岩を掘ってつくられたものである。

滝の上流600m、幅40mに及ぶ川床には数千個の甌穴群(おうけつぐん)があり、世界有数の規模といわれている。1928年(昭和3年)2月18日には国の天然記念物に指定された。

北郷氏初代当主北郷資忠が、当地にて月見の宴を催した際、18歳で領内一の美女といわれたお雪(おしず)が資忠にお酌をしたが誤って酒をこぼしてしまった。このことを恥じたお雪は杯を持って滝つぼに身を投げた。お雪の恋人であった経幸は悲しみのあまり日夜滝の上からお雪の名を叫んだが、ある日、「書きおくもかたみとなれや筆のあとまた会うときのしるしなるらん」と岩に鑓で刻み姿を消した。それ以来名月の夜になると滝つぼから朱塗りの杯が浮かんでくるようになったと伝えられている。

住所 宮崎県都城市関之尾町

都農神社

都農神社は、宮崎県児湯郡の神社。祭神は大己貴命(大国主神の若い頃の名)。神武天皇が東征の際に立ち寄り、国土平安、海上平穏、賊徒征伐を祈願したと伝えられる古社である。周囲は2600本の杉の木に囲まれた緑あふれる杜。大黒様が祀られ縁結びや子孫繁栄・商売繁盛にご利益があるとされています。

住所 宮崎県児湯郡都農町川北13294

御池

御池(みいけ)は、宮崎県都城市と高原町との境界に存在する直径約1km、周囲3.9km、ほぼ円形の火口湖である。

高千穂峰の威容を湖面に映している。龍の涙から出来た湖だという龍伝説がある。周囲の湖畔一帯は野鳥の森に指定され冬になるとカモの大群が飛来する。霧島東神社から正面に臨む。

住所 宮崎県都城市

石神神社

石神神社(牛神大明神)は、宮崎県高千穂の神社。主祭神は国常立尊だが、地元では牛神神社と呼ばれており、高千穂神社の御祭神である三毛入野命(みけいりのみこと、神武天皇の兄神)に仕えていた牛を社傍にお祀りして創建されたとの説もある。

国常立尊は国之常立神(くにのとこたちのかみ)で、国常立尊を単独で祀る神社は非常に珍しい。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸8463

槵触神社

槵触神社(くしふるじんじゃ)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町の神社である。天孫・瓊瓊杵尊が降り立ったという「くしふる峰」に鎮座する。社殿奥に「高天原遥拝所」がある。 所願成就・歌・武道などにご利益があるとされています。

創祀の事情は不詳であるが、槵触山の中腹に鎮座し同山を神体山とするため、長く本殿を持たなかったという。槵触山は日本神話の天孫降臨の地と言われている。

古来より高千穂神社の春祭りに対して秋祭りを行うなど、同社と密接な関係を持つ。秋祭りでは、年占の意味を込めた神事相撲が奉納される。かつては九州一円から力士が集まり、高千穂方と来訪方に別れて技を競ったという。

槵触山山麓には、天真名井(あまのまない)がある。井の前を神代川(くましろがわ)が流れる。天孫降臨に際して当地に水が無かったため、天村雲命が高天原に戻り、天真名井から汲んできた水を移したもので、「三田井」の地名の元である3つの井の1つであると伝えられている。また、湧出する井水は不増不減の神水として信仰され、高千穂・槵触両神社の春秋の例祭では、お旅所として神輿が安置され、神楽が奉納される。

また、木花開耶姫が出産に際して、あまりの難産に堪えられずに抱きついた石であるとも、豊玉姫と玉依姫のお産に因む石であるとも伝えられる「夜泣き石」がある。夜にうごめいて村の厄災を知らせたことから「夜泣き石」と名付けられたという。また、この石に触れると乳幼児の夜泣きが止むとされたため、子供を抱いた若嫁の姿がよく見かけられたという。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井713

陰陽石

陰陽石(いんようせき)は、宮崎県小林市東方の浜ノ瀬川内にある夫婦岩である。三之宮峡の下流に位置する。子授けなどにご利益があるとされています。

およそ180万年前に活発化した火山活動により、多量の火山灰や溶岩が堆積、それが川により侵食されて形成された奇岩である。高さ17.5mの男根の形状をした陽石(男石)と、その傍らに周囲5.5mの女陰の形状をした陰石(女石)がある。

古くから縁結び、子宝及び安産祈願の神として崇められている。1917年(大正6年)に新道が新設されてから観光地として知られ、1950年(昭和25年)に小林市営による「浜の瀬荘」が開設され、更に現在、毎年9月23日の秋分の日に開かれる「陰陽石祭り」も行われるようになった。陰陽石神社が祀られている。

住所 宮崎県小林市東方

韓国岳

韓国岳(からくにだけ)は、九州南部に連なる霧島山の最高峰であり、鹿児島県霧島市、宮崎県えびの市、小林市の境界にまたがる。交通安全、学問にご利益があるとされています。

江戸時代以前は山頂付近の登山道が険しく難路であり登山者がほとんどいなかったこと、あるいは山頂付近に草木が乏しいことから空虚の地すなわち空国(むなくに、からくに)あるいは虚国(からくに)と呼ばれるようになったことが名前の由来と言われる。

住所 宮崎県えびの市

神様山

神様山(かみさんやま)宮崎県延岡市北川町上祝子にある社。竹林の間を240段の石段を上った場所にあり、高さ20メートル以上はある巨岩と、その4分の1ぐらいの岩が支え合って岩屋を形成し、その中心にきれいな三角形をした岩が鎮座している。鳥居や神棚も設けられている。明治18年から昭和30年までは麓の祝子川沿いにあった祝子川神社を移し祀っていた。

洞穴からは縄文時代のヤジリや土器の破片などが出土しており、巣ノ津屋洞窟遺跡と呼ばれる。日本神話の山幸彦(ホウリノミコト)がが過ごした岩屋ではないかという説もある。開運のご利益があるとされています。

住所 宮崎県延岡市北川町

永の内八大龍王水神社

永の内八大龍王水神社(ながのうち はちだいりゅうおうすいじんしゃ、八大龍王水神)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町永の内に位置する神社。

八大龍王は、観世音菩薩の守り神とされ、水神様として崇拝されている。

1192(建久3)年、岩戸山裏村(今の大字岩戸)二つ岳にお祀りされていた正八幡を大神惟元公がこの地に移し、高千穂太郎政信公の時代に境内を整え、社殿を建立と記されている。

境内のケヤキ・イチョウ(国指定天然記念物)、参道の有馬杉、入り口の逆杉など巨木・老木が立ち並ぶ。逆杉は、那須大八郎が平家追討のため椎葉へ行く途中で参拝し、戦勝を祈願し杉の穂を逆さに挿したものと伝えられている。

スポーツ選手の信仰が多いことでも知られ、参道には元読売巨人軍監督川上哲治氏と藤田元司氏寄贈の灯篭がある。商売繁盛、必勝にご利益があるとされています。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町永の内

馬生木八大龍王水神社

馬生木八大龍王水神社(もうぎ はちだいりゅうおうすいじんしゃ)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町馬生木に位置する神社。永の内八大龍王水神社と対になっている。夫婦円満、子孫繁栄などのご利益があるとされています。

神社の境内は榎に囲まれ、その境内の中央には井戸があり、湧き出す水はご神水として知られる。八大龍王とは、仏教界では地界に住む地神で観音菩薩の守り神とされている。また水神様として崇拝されている。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町馬生木

住吉神社

住吉神社は、宮崎県宮崎市大字塩路の神社。住吉三神を祀り、航海安全の神として崇拝される。宮崎市フェニックス自然動物園に隣接する。疱瘡(ほうそう)除け・無病息災のご利益があるとされています。

住所 宮崎県宮崎市大字塩路3082

中山神社

中山神社は、宮崎県東臼杵郡門川町の神社。縁結び・商売繁盛などにご利益があるとされています。

天安元年(857)、出雲大社から分蔵野地引山に勧請創建された。大己貴命など四神を祀る。オ大己貴命は、因幡の白兎を助けた大国主神のこと。

往時は狭い参道の石段で若い男女がすれ違ったとき、恋が芽生えたともいわれ、縁結びで知られる。毎年1月7日の裸祭りには、およそ5万人の人出で賑わう。

住所 宮崎県東臼杵郡門川町門川尾末6190

西都原古墳群

西都原古墳群(さいとばるこふんぐん)とは、宮崎県のほぼ中央に位置する西都市の市街地西方を南北に走る、標高70メートル程度の洪積層の丘陵上に形成されている日本最大級の古墳群である。東西2.6Km、南北4.2Kmの広い範囲に分布している。3世紀前半から7世紀前半に築造されたと推定される。前方後円墳、円墳、方墳をはじめ311基のさまざまな古墳で構成される。中でも、鬼が一夜で造りあげたされる「鬼の岩窟古墳」は有名。男狭穂塚・女狭穂塚は年に一度、古墳祭りが行われる日曜日にだけ、一般参拝が許される。眼病にご利益があるとされています。

住所 宮崎県西都市三宅西都原

伊佐賀大明神

伊佐賀大明神は、宮崎県西臼杵郡日之影町の丹助岳に鎮座する神社。古代の祭祀場とも言われる洞穴の奥に祠が祀られている。山の周囲には多くの洞窟遺跡があり、頂上には天狗岩と呼ばれる岩がある。農産業、厄祓、縁結びのご利益があるとされています。

住所 宮崎県西臼杵郡日之影町

落立神社

落立神社(おちたちじんじゃ、おったちじんじゃ)は、宮崎県西臼杵郡高千穂町の神社。1508年(永正5)に三田井右京大夫右武が再建。安産の神と伝えられる。子授安産、身体健康・良縁成就のご利益があるとされています。

参道には沢山の奉納板が並び、元横綱千代の富士の奉納板もある。古くは若一王子権現社と呼ばれ、神社の社家は神武天皇の兄神、稲飯命(イナヒノミコト)の子孫漆間氏が司っていたといわれる。

「漆間大明神」の御神面「尾迫荒神(おさここうじん)」は室町時代の作といわれている。

境内には「舞開きの石像」がある。夜神楽の中に岩戸開きの神話を表現した「伊勢」「柴引き」「手力雄」「鈿女」「戸取り」「舞開き」という舞があり、その最後の舞「舞開き」はこの世が再び明るさを取り戻した喜びの舞で、両手に月と日を表す鏡を持ち祝い舞う。春の余祝の舞ともいわれる。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字岩戸2573

白鳥山

白鳥山(しらとりやま、しらとりさん、はくちょうざん)は霧島山の北西部を構成する火山であり、宮崎県えびの市の南部に位置する。武運長久・勝運、旅行・交通安全などにご利益があるとされています。

山頂南側に火口湖の白紫池、南東にマールの六観音御池を擁する。北東に甑岳、南西に蝦野岳が隣接し南東にはえびの高原が広がっている。北斜面には白鳥神社や白鳥温泉があり、山裾は加久藤盆地に続いている。

北側斜面の標高1000メートル以下はスギやヒノキの人工林となっているが、白鳥神社を経て六観音御池に至る参道沿いには自然林が残されている。北西側及び西側斜面の人工林にはアカマツも含まれる。自然林の植生は標高900メートル以下にイスノキやウラジロガシ、標高900-1200メートルにコガクウツギやモミ、標高1200メートル以上にシラキやブナが分布し山頂付近にはミヤマキリシマも見られる。

白鳥山は霧島火山群の北西部を構成する複合火山である。まず栗野岳の東側に重なるようにしてなだらかな山塊が形成され、続いて蝦野岳や獅子戸岳などの側火山がつくられた。その後、2万5000年前から1万8000年前の間に起きた白紫池や六観音御池の火山活動によって現在の山容となった。

住所 宮崎県えびの市

デモン・デ・マルシェ

デモン・デ・マルシェは、宮崎県宮崎市にある観光施設・飲食店。マルシェ広場にあるデモンとマルシェ像の角を触ると願いが叶うという。

住所 宮崎県宮崎市内海4004

みそぎ御殿

みそぎ御殿は宮崎県宮崎市阿波岐原町の神社。シーガイヤに隣接する阿波岐原森林公園市民の森内に位置する。みそぎが池の近くには、ニニギの尊が天照大神から三種の神器を受け取った地とされる場所もある。

住所 宮崎県宮崎市阿波岐原町127

新田神社

新田神社は、宮崎県児湯郡新富町新田にある神社。正八幡ともいう。御祭神は彦火々出見命。子宝、安産にご利益があるとされています。

天正5年(1577年)、都於郡城主・伊東氏が島津軍に破れ米良に向かって敗走した際の兵火にあい、宝物、本殿等が焼失し、これ以前の詳らかな記録は残っていない。その後、島津氏がこの土地を領すると慶長11(1607)年に神殿を再興、祭祀料と十石、宮司屋敷一ヶ所を寄贈した。

明治4年新田神社と改称し、郷社に列せられる。以来旧新田村民の信仰篤く鎮守の神として崇敬を受けている。2月17日の例祭で奉納される新田神楽で知られる。

また、7月27-28日には新田一円を巡り、御神幸祭が行われ、名物の「いぶくろ」が行列を先導する。

住所 宮崎県児湯郡新富町新田

日向国分寺跡

日向国分寺跡(ひゅうがこくぶんじあと)は、宮崎県西都市にある古代から近世の寺院跡。明治4年(1871年)に廃寺となった。廃寺当時の宗派は真言宗、山号は五智山、本尊は五智如来。現在は国の史跡に指定されている。 病気平癒のご利益があるとされています。

奈良時代に聖武天皇の詔により日本各地に建立された国分寺のうち、日向国国分寺の寺院跡にあたる。国分寺・国分尼寺建立の詔が発せられた741年から756年までの間に建立されたと考えられている。

天明8年(1788年)に遊行僧として全国行脚の途中であった木喰が日向国分寺を訪れた際、日向国分寺は衰退しており、地元民に乞われて住職となった。寛政3年(1791年)に火災によって堂宇が焼失したため、木喰は再建に尽力し、伽藍の建立や仏像(五智如来像)を作った。そして寛政9年(1797年)に当寺を出立したという。

廃仏毀釈にあたって、明治4年(1871年)に当寺も廃寺となって取り壊されたが、五智如来像は地元の信仰者の手により保護された。その後再建されたが、戦後まもなく台風のため倒壊した。再度再建されたが、五智如来像を安置するための施設(木喰五智館)が建てられた際に取り壊された。

住所 宮崎県西都市三宅

霧島岑神社

霧島岑神社(きりしまみねじんじゃ)は、宮崎県小林市にある神社である。家内安全、子孫繁栄、縁結び・子宝・子育てにご利益があるとされています。

御祭神は瓊々杵命(ににぎのみこと)、木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火々出見命(ひこほほでみのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、鸕鷀草葺不合命(うがやふきあへずのみこと)、玉依姫命(たまよりひめのみこと)。

創建年代は不明であるが、天孫降臨から日向三代に関わりの深い神社とされている。社伝によると、承和4年(837年)8月従五位上を授けられたと『続日本後紀』に記載されている「霧島岑神」が当社であるといわれる。『日本三代実録』には、天安2年(858年)従四位下に叙せられている。また、『延喜式神名帳』記載の「霧嶋神社」を当社に比定する説がある(式内社論社)。

神仏習合の時代には、参道途中の別当寺である瀬多尾寺に大日如来が据えられ、霧島中央権現宮とも言われるようになった。その後霧島六社権現の中心として信仰を集め、霧島信仰が隆盛期を迎える。

当初は高千穂峰と火常峰(ひのとこみね、御鉢の旧名)の中間地点「背門丘」(せとお)にあったが、霧島連山の噴火により社殿がたびたび焼失し、文暦元年(1234年)に天の井が渇水したことから麓に遷座することとなった。しかし、享保元年(1716年)に新燃岳が噴火し社殿が再び焼失、同10年(1725年)に夷守岳(ひなもりだけ)の筑地に遷座した。明治6年(1873年)に同じく霧島六社権現に数えられていた夷守神社を合祀した後、夷守神社跡地に遷座し現在に至る。

古来より日向守護・島津氏をはじめ、伊東氏・北原氏等この地を領した諸氏の崇敬篤く、江戸時代においては藩主・島津氏の手厚い保護を受けるなど名社として栄えた。

住所 宮崎県小林市細野4937

二上神社

二上神社は、宮崎県西臼杵郡高千穂町の神社。天孫降臨の峯「二上山」の中腹に鎮座する。夫婦円満、結婚・礼儀・絵画にご利益があるとされています。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町押方2375

飫肥城歴史資料館下の幸せ杉

飫肥城歴史資料館(おびじょうれきししりょうかん)は、宮崎県日南市の飫肥城敷地内にある資料館。祐兵(すけたけ)や山田匡得の甲冑や刀剣等、飫肥藩ゆかりの歴史的資料220点が展示されている。

幸せ杉は飫肥城歴史資料館の裏にあり、飫肥城内の門関跡の四つ角に1本ずつ植栽されている。ここから、四合せ=士合せ=幸せ、と縁を担ぎ、対角線の中心で願いごとをすると叶うと言われている。

住所 宮崎県日南市飫肥10丁目1-2

天真名井

天真名井は宮崎県西臼杵郡高千穂町にある湧き水。樹齢1300年というケヤキの巨木の根元から湧き出ている。日量2500トンの湧水を誇り、環境庁に指定された名水百選のひとつ。浄化・苦悩払拭・ストレス解消財運を招く・健康運、美容などにご利益があるとされています。

天照大神の命で天孫瓊々杵尊(ににぎのみこと)が高天原から高千穂に降臨した際、この地上には水がなく、瓊々杵尊は再び高天原に戻り、天真名井の水種を高千穂、出雲、伊勢に移したという神話が伝わっている。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井

仙人の屏風岩

仙人の屏風岩は宮崎県西臼杵郡高千穂町の高千穂峡にある岩。

切り立った柱状節理(ちゅうじょうせつり)が屏風に見えることからこの名がある。高さ約70m 。高千穂峡の中でも一番のパワースポットだと言われている。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町三田井

高鍋大師

高鍋大師は、宮崎県児湯郡高鍋町にある石像群。地元では「おだいっさん」の名で親しまれる。

同地にある持田古墳群の盗掘された古代人の霊を慰めるべく、故岩岡保吉氏が私財をなげうち半生をかけて自ら造像したものである。

神仏混合の石像は約750体に上り、巨大なものは7メートルを越える。観音や地蔵などの仏像だけでなく、スサノオノミコトなどの神様、中には水戸黄門などもある。ユニークな像の並ぶ風景は珍スポットとしても知られ、癒しのパワースポットとなっている。

住所 宮崎県児湯郡高鍋町持田

狗留孫神社

狗留孫神社は、宮崎県えびの市の古代仏教遺跡。日本で二番目に古い禅寺の跡。この岩窟から世界初の狗留孫仏が生まれ、栄西禅師が1191年に狗留孫山多宝院端山寺を建てた、とされる。狗留孫岩(22メートル)は古代日本の農耕神でありその昔、健磐(たていわ)と沙伽羅(しゃがら)のふたりの龍王がいたとされる。

住所 宮崎県えびの市大河平

榎原神社

榎原神社(よわらじんじゃ)は、宮崎県南那珂郡南郷町の神社。縁結びや牛馬の神様としてよく知られている。創建は万治元年(1658)に、飫肥藩主伊東祐久。鵜戸神宮の分霊を祀った。神社とゆかりの深い、寿法院(内田満寿子)は、21歳の時鵜戸神宮に参籠し、神気を示し予言を行ったため、やがて神女として崇敬されるようになる。寿法院は51歳で他界。その命日である3月16日が、例大祭日となっている。霊験あらたかとあって、かつては縁結びや豊作を願う若い男女や飾り付けた牛馬などが近郷近在から押しかけ、参道は終日ごった返したという。宮崎地方からは、農閑期を利用した新婚夫婦が日数をかけて山路をたどりお参りした。この風習は明治の末まで続いた。「榎原まいり」は、その様子を歌った民謡。縁結び・安産祈願・家内安全などにご利益があるとされています。

住所 宮崎県南那珂郡南郷町大字榎原甲1134-4

八大龍王水神

八大龍王水神は宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸6521の神社。創建不詳。巨人軍の選手が多く参拝に訪れているという。境内入り口にあるエノキの巨樹が御神木。商売繁盛、必勝などにご利益があるとされています。

住所 宮崎県西臼杵郡高千穂町岩戸6521

霞神社

霞神社は宮崎県西諸県郡高原町大字後川内1553の神社。白蛇様の神社として知られる。

文化12年に島津藩主に建立された。神殿裏の岩窟には昔から白い蛇が棲み、その姿を見ると幸運を授かるとも言われている。

境内で不思議な写真が撮れ、中でも神蛇祠が最大のパワースポットだという。農業、畜産、疾病、縁結、開運、商売繁盛のご利益があるとされています。

住所 宮崎県西諸県郡高原町大字後川内1553

サンメッセ日南のモアイ像

宮崎県日南市にあるサンメッセ日南のモアイ像。世界で唯一、イースター島の長老会と島民から認められている。

1991年にテレビで放送された倒壊したまま放置されたイースター島のモアイ像を見た株式会社タダノの社員が、モアイを修復しようと呼びかけ、奉仕活動の一環としてモアイ修復に取り組むことになった。

奈良国立文化財研究所と飛鳥建設、株式会社タダノによる復元作業が行われ、世界文化遺産として登録されるきっかけにもなった。これが縁で、イースター島の長老会によって日本での復刻建設が許可された。

正面に左から順に「仕事運」「健康運」「恋愛運」「全体運」「結婚運」「金運」「学力運」にご利益があるとされています。

住所 宮崎県日南市宮浦2650

立磐神社

立磐神社は宮崎県日向市にある神社。御祭神は表筒男命、中筒男命、底筒男命。神武天皇が東遷に際し美々津港より船出したことに由来する。境内には神武天皇御腰掛岩などがある。

住所 宮崎県日向市美々津町3419

佐野原聖地

佐野原聖地(さのばるせいち)は宮崎県宮崎市にある鵜葺草葺不合尊(ウガヤフキアエズノミコト)の宮殿跡。神武天皇をはじめ4人の皇子がお生まれになったと伝えられる。この聖地に伊東氏が佐野原神社を創建しお祀りした。水難除け、海上・交通安全、武運長久・勝運などにご利益があるとされています。

江戸時代には6代藩主島津忠雅によって具瞻閣というお茶屋(休息所)が設けられた。昭和9年には宮崎県知事一行が視察、昭和32年には佐野原聖地保存会が結成され、佐野原神社が再建された。毎年秋には例祭が行われる。

住所 宮崎県宮崎市佐土原町上田島久保土

生目神社

生目神社(いきめじんじゃ)は、宮崎県宮崎市大字生目にある神社。亀井山と称する丘上に東面して鎮座し、「日向の生目様」と呼ばれる古くから眼病に霊験あらたかな神社との信仰を集める。品陀和気命(ほんだわけのみこと)(応神天皇)と藤原景清公を主祭神に、彦火瓊々杵尊、彦火火出見尊、鵜茅葺不合尊の3柱を相殿に祀る。鎮座地の亀井山に湧く清水が6方へと流れ、亀の頭、尾、左右手足を髣髴とさせるが、かつては眼病を患う者がこの水を掬って目を濯ぐ習わしがあり、現在も眼疾治癒を望む参詣者はこの水で沸かした茶を飲む。境内に聳える銀杏は、幹周6.24メートル、樹高34メートルに及ぶ巨木で樹齢は300年とされ(平成4年現在)、平成4年3月に「みやざきの巨樹百選」に認定されている。本殿の南側そびえるオガタマノキ(黄心樹)は御神木で、目通り幹周3.2メートル、樹高17.5メートル、樹冠は東西15メートル余りに及ぶ巨木。本殿北側に立ち、オガタマノキと対をなすクスノキ(楠)は、目通り幹周8.65メートル、樹高25メートルに及ぶ。これも地域住民からは神木とされている。両者ともに天然記念物である。眼病にご利益があるとされています。

住所 宮崎県宮崎市生目325

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