和歌山県 パワースポット

金剛峯寺

金剛峯寺(こんごうぶじ)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある高野山真言宗総本山の寺院。良縁や開運、金運アップなどのご利益があるとされています。

京都の東寺と共に、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)が宗教活動の拠点とした寺。真言密教の聖地、また、弘法大師信仰の山として、21世紀の今日も多くの参詣者を集めている。

「金剛峯寺」という寺号は、明治期以降は1つの寺院の名称になっている。しかし金剛峯寺の山号が高野山であることからもわかるように、元来は真言宗の総本山としての高野山全体と同義であった。金剛峯寺には、次のような創伝承がある。

空海が修行に適した土地を探して歩いていたところ、大和国宇智郡(奈良県五條市)で、黒白2匹の犬を連れた狩人(実は、狩場明神という名の神)に出会った。狩人は犬を放ち、それについていくようにと空海に告げた。言われるまま、犬についていくと、今度は紀伊国天野(和歌山県かつらぎ町)というところで土地の神である丹生明神(にうみょうじん)が現れた。空海は丹生明神から高野山を譲り受け、伽藍を建立することになったという。

2004年7月、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録された。

住所 和歌山県伊都郡高野町高野山132

神倉神社

神倉神社(かみくらじんじゃ、かんのくらじんじゃ)は和歌山県新宮市の神社。熊野三山の一山である熊野速玉大社の摂社。神域である神倉山は和歌山県指定文化財(史跡)。

神倉神社は、熊野速玉大社の摂社である。新宮市中心市街地北西部にある千穂ヶ峯の支ピーク、神倉山(かんのくらやま、かみくらさん、標高120メートル)に鎮座し、境内外縁はただちに断崖絶壁になっている。山上へは、源頼朝が寄進したと伝えられる、急勾配の鎌倉積み石段(神倉山の石段)538段を登らなければならない。

山上にはゴトビキ岩(「琴引岩」とも。ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言)と呼ばれる巨岩がご神体として祀られている。この岩の根元を支える袈裟岩と言われる岩の周辺には経塚が発見されており、平安時代の経筒が多数発掘され、そのさらに下層からは銅鐸片や滑石製模造品が出土していることから、神倉神社の起源は磐座信仰から発したと考えられている。

神倉神社入口にかかる太鼓橋の傍らに立つ標石は「下馬」標石と言われ、高さ1.59メートル、幅43センチメートル、厚さ17センチ、同じ材質で地上高26センチメートル、幅80センチメートルの台石上に立っている。刻銘によれば、奥州は南部志和郡の人物が、子孫繁栄を祈念して熊野参詣7度を達成したことを記念したものとあり、奥州の熊野信仰を今日に伝えている。その他、神倉神社の手水鉢などの有形民俗文化財がある。

住所 和歌山県新宮市磐盾1-13-8

熊野本宮大社

熊野連山の三千六百峰を形成する、果無山脈。その山間を縫うが如く流れ、太平洋へと続く熊野川は、まさに熊野の大動脈です。この熊野川の中枢に、古代より熊野巫大神の鎮座されるお宮が、熊野本宮大社です。熊野本宮大社は過去「熊野坐神社くまのにいますじんじゃ」と号し、熊野の神と言えば本宮のことを表していたものと推測されます。

南北朝から室町時代にかけては、皇族や貴族などの上流階級に代わり、武士や庶民の間に熊野信仰が広がりました。身分の貴賤や老若男女を問わず、全ての人を受け入れる懐の深さゆえ、熊野には大勢の人々が競って参詣し「蟻の熊野詣」と呼ばれる現象を起こすまでに至りました。

なお残念なことではありますが、明治二十二年の未曽有の大水害により社殿のうち中・下社が倒壊し、現在地に上四杜のみお祀りすることとなりました。他八社は石祠として旧社地大斎原おおゆのはらにお祀りし、現在に至っております。

出典:http://www.hongutaisha.jp/about/

家津美御子大神は素戔嗚尊とされ、「死と再生」を司る神です。その為、熊野本宮大社は「よみがえりの聖地」とも呼ばれます。新しい自分に生まれ変る、新しい恋を始めるなど再スタートを試みる人におすすめのパワースポットです。

住所 和歌山県田辺市本宮町本宮1110

高野山

高野山(こうやさん)は、和歌山県伊都郡高野町にある標高約1,000m前後の山々の総称。平安時代の弘仁10年(819年)頃より弘法大師空海が修行の場として開いた高野山真言宗、ひいては比叡山と並び日本仏教における聖地である。

現在は「壇上伽藍」と呼ばれる根本道場を中心とする宗教都市を形成している。山内の寺院数は高野山真言宗総本山

住所 和歌山県伊都郡高野町

那智滝

那智滝(なちのたき)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町の那智川にかかる滝。華厳滝、袋田の滝と共に日本三名瀑に数えられている。

那智山中には、いくつかの渓流があり、その渓流には60余に達する多くの滝が架かっている。「那智滝」とは、本来は、那智山の多くの滝のうち、瀧篭修行の行場として扱われた48の滝(那智四十八滝)の総称であった。しかし、現在、一般に那智滝として知られている滝はこれらのうち、一の滝を指している。一の滝における落差は133mに及び、単独の滝では落差国内一位を誇る。

那智山一帯は、滝に対する自然信仰の聖地であり、一の滝は現在でも飛瀧神社の神体であって、飛瀧神社の境内に設けられた滝見台からその姿を見ることが出来る。

滝の落口の岩盤に切れ目があり三筋に分かれて流れ落ちるため三筋の滝ともいい、また那智の滝の代表するということから那智の大滝とも呼ばれる。2004年7月、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録された。

熊野那智大社では、ご利益も様々です。 主祭神である熊野夫須美大神は「結(むすび)」の字でも表わされることから、所願成就や縁結びのご利益があると言われています。 また万物を生み出し育む神とされていることから、農林水産漁業の繁盛、無病息災、長寿などのご利益があるとされています。

住所 和歌山県那智勝浦町

熊野速玉大社

熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ)は、和歌山県新宮市新宮1にある神社。熊野三山の一つ。縁結びのご利益があるとされています。

熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を主祭神とする。

一般に、熊野本宮大社(和歌山県本宮町)、熊野速玉大社(和歌山県新宮市)、熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)が紀州の熊野大社(熊野三山)とされ、全国に数多い熊野神社でも最も知られている。

「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されている。

「熊野速玉神社のナギ」という梛の大樹がある。高さ20m、幹回り6m。平重盛手植と伝えられる。ナギの実を束ねたものやナギの枝を護符にする。天然記念物指定。

住所 和歌山県新宮市新宮1

熊野那智大社

熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある神社。所願成就や縁結び、無病息災、長寿などご利益があるとされています。

熊野三山の一つ。熊野夫須美大神を主祭神とする。かつては那智神社、熊野夫須美神社、熊野那智神社などと名乗っていた。また、熊野十二所権現や十三所権現、那智山権現ともいう。

2004年7月1日、ユネスコの世界文化遺産に「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録された。

一般に、熊野本宮大社(和歌山県本宮町)、熊野速玉大社(和歌山県新宮市)、熊野那智大社(和歌山県那智勝浦町)が紀州の熊野大社(熊野三山)とされ、全国に数多い熊野神社でも最も知られている。

住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山1

青岸渡寺

青岸渡寺(せいがんとじ)は、和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある天台宗の寺院。西国三十三箇所第一番札所。山号は那智山。本尊は如意輪観世音菩薩。

2004年7月に、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録された。

住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8

丹生都比売神社

丹生都比売神社(にふつひめじんじゃ/にうつひめじんじゃ)は、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある神社である。別称天野大社、天野四所明神。「災い除け」「不老長寿」「病気の回復」「農業の守り神」などのご利益があるとされています。

日本全国の丹生都比売神を祀る神社の総本社である。また、高野山と関係の深い神社であり、2004年7月に、ユネスコの世界遺産『紀伊山地の霊場と参詣道』の一部として登録された。

住所 和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野230

立神社

立神社は、和歌山県有田市の神社。御祭神は大屋毘古神。社叢にはホルトの木、ばくちの木、ヒメユズリハ、スダジイなどが繁る。縁結び・恋愛成就 · 商売繁盛 · 除災厄除 · 芸能上達などのご利益があるとされています。

古伝によると、この地は有田川の衝に当り、巌下は深淵をなしていた。その上に立つ数丈の奇巌を「立石」ということから考えると、立神の称はこの巌から起こったものとされ、水主神を祭ったものだろうといわれている。

住所 和歌山県有田市野700

和歌山城

和歌山城(わかやまじょう)は、和歌山県和歌山市一番丁にある日本の城(平山城)である。徳川御三家の一つ紀州藩紀州徳川家の居城である。国の史跡に指定されている。県指定特別天然記念物・大楠が御神木としてパワースポットになっている。

住所 和歌山県和歌山市一番丁

橋杭岩

橋杭岩(はしぐいいわ)は、和歌山県東牟婁郡串本町にある奇岩群。同町の大字鬮野川(くじのかわ)小字橋杭の海岸から紀伊大島方面へ大小約40の岩が南西一列におよそ850メートルもの長きにわたって連続してそそり立っている。直線上に岩が立ち並ぶ姿が橋の杭のように見えることから橋杭岩と呼ばれている。また干潮時には岩の列中ほどに附属する弁天島まで歩いて渡ることができる。

吉野熊野国立公園に属しており、国の名勝や国の天然記念物の指定も受け観光名所となっている。また橋杭岩を通して見る朝日はとても美しいと評判で日本の朝日百選の認定も受けている。

昔弘法大師が天の邪鬼と串本から沖合いの島まで橋をかけることが出来るか否かの賭けを行った。弘法大師が橋の杭をほとんど作り終えたところで天の邪鬼はこのままでは賭けに負けてしまうと思い、ニワトリの鳴きまねをして弘法大師にもう朝が来たと勘違いさせた。弘法大師は諦めて作りかけでその場を去った。そのため橋の杭のみが残ったという。

住所 和歌山県東牟婁郡串本町鬮野川1595

滝尻王子

滝尻王子(たきじりおうじ)は和歌山県田辺市にある神社。現在の正式名称は滝尻王子宮十郷神社(たきじりおうじぐうとうごうじんじゃ)。前身は九十九王子の滝尻王子で、五体王子の一つに数えられた(『熊野権現蔵王宝殿造功日記』)。国の史跡「熊野参詣道」の一部である。熊野古道の入り口として知られる。

住所 和歌山県田辺市中辺路町栗栖川859

大斎原

大斎原(おおゆのはら)は和歌山県田辺市にある熊野本宮大社の旧社地。現在の熊野本宮大社から500mほどで、日本一高い大鳥居(高さ33.9m、横42m、鉄筋コンクリート造、平成12年完成)が建っている。

熊野川・音無川・岩田川の合流点にある中洲で、当時は約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台などがあり、現在の約8倍の規模を誇っていた。江戸時代までは中洲への橋もかけられず、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡ったという。1889(明治22)年8月の大水害により社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座した。

現在は、流失した中四社・下四社をまつる石造の小祠が建てられている。また、桜の名所としても知られる。浄化のご利益があるとされています。

住所 和歌山県田辺市本宮町本宮280

三段壁洞窟

三段壁洞窟(さんだんべきどうくつ)は、和歌山県西牟婁郡白浜町の景勝地・三段壁の地底36mに広がる海蝕洞である。源平合戦で知られる熊野水軍の舟隠し場の伝承が残る史跡でもある。

断崖上から辯天宗本堂内に設置されているエレベーターで地中を降りると、洞窟内部を観覧できる(有料)。200mに及ぶ洞窟の通路内には、史料に基づいて再現された番所小屋や弁財天、鉛の採掘跡があり、波の打ち寄せる洞穴が鑑賞できる。ただし、波の荒い日は危険なため閉鎖される。

住所 和歌山県西牟婁郡白浜町

奇絶峡

奇絶峡(きぜつきょう)は、和歌山県田辺市にある景勝地。読みはきぜつきょうが一般的だが、きぜっきょうやきぜきょうと呼ばれることもある。約2kmに亘って両岸には絶壁が差し迫り、奇岩や巨岩が立ち並ぶ。また沿道には桜が植えられており、秋の紅葉と共に名所となっている。

不動明王を祀る不動滝(赤城滝)は、赤い橋を渡って間近まで行くことができる。また、滝の上100mには、堂本印象派の原画を基にした不動明王の磨崖仏が彫られている一枚岩がある。

住所 和歌山県田辺市上芳養

粉河寺

粉河寺(こかわでら)は、和歌山県紀の川市粉河にある天台系の寺院。西国三十三箇所第三番札所。山号は風猛山(ふうもうざん、かざらぎさん)。宗派は天台宗系の粉河観音宗総本山。

本堂東側にある踞木地のクスノキは幹周7.7m、樹高20m。粉河寺の開祖・大伴孔子古が踞(うずくま)り下を通る鹿を狙った故事により、この呼び名がある。御神木はパワースポットと言われている。

住所 和歌山県紀の川市粉河2787

飛瀧神社

飛瀧神社(ひろうじんじゃ)は和歌山県那智勝浦町那智山にある神社である。御祭神は大己貴神。諸願成就・祈願達成のご利益があるとされています。

熊野那智大社の別宮であり、那智滝自体が御神体であり、本殿は存在しない。拝殿もなく、直接滝を拝むこととなる。滝の飛沫に触れることによって、延命長寿の霊験があるという伝説がある。花山法皇が千日籠りのときに、九穴の貝を滝壷に沈めたことがもとで霊水となったと言い伝えられている。神杯でそのお水を飲むようになっている。

青岸渡寺から飛瀧神社に至る間にある「伏し拝み」は、那智滝の遥拝所とされてきた場所。毎年7月14日に那智の火祭りが開かれる。また毎年7月9日と12月27日に御滝注連縄張替行事が行われる。

住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山

伊太祁曽神社

伊太祁曽神社(いたきそじんじゃ)は、和歌山県和歌山市にある神社である。旧称山東宮。厄除けや病気平癒、家内安全や夫婦円満、商売繁盛や社業繁栄、交通安全や航海安全などにご利益があるとされています。

五十猛命(いたけるのみこと、別名 大屋毘古神)を主祭神とし、左脇宮に妹神の大屋都比賣命(おおやつひめのみこと)、右脇宮に同じく妹神の都麻津比賣命(つまつひめのみこと)を配祀する。いずれもスサノオの子であり、木の神として信仰される神である。

「木」と「紀伊」は同じ意味を示すとも云われている。

社殿の向かって左手に鎮座する蛭子社とその隣に置かれた霊石「お猿石」、境内左手の山中に鎮座する「御井の社」がパワースポット。この地から湧き出る清水は「いのちの水」と呼ばれ、神池と神橋の水のまわりも良い。

住所 和歌山県和歌山市伊太祈曽558

日前神宮

日前神宮・國懸神宮(ひのくまじんぐう・くにかかすじんぐう)とは、和歌山県和歌山市に鎮座する神社である。一つの境内に日前神宮・國懸神宮の2つの神社があり、総称して日前宮(にちぜんぐう)とも(名草宮とも)呼ばれる。両社とも式内社(名神大)・紀伊国一宮で、旧社格は官幣大社。日前神宮は日前大神(ひのくまのおおかみ)、國懸神宮は國懸大神(くにかかすのおおかみ)を御祭神としていて、どちらも縁結び、家内安全のご利益がある。家内安全・家業繁栄・無病息災などにご利益があるとされています。

住所 和歌山県和歌山市秋月365

淡嶋神社

淡嶋神社(あわしまじんじゃ)は和歌山県和歌山市加太にある神社。加太淡嶋神社、加太神社とも言われる。全国にある淡嶋神社・粟嶋神社・淡路神社の総本社である。

少彦名命(すくなひこなのみこと)、大己貴命(おほなむじのみこと)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)(神功皇后)を祀る。縁結び、恋愛成就のご利益があるとされています。

三韓出兵の帰途瀬戸の海上での突然の嵐に遭遇した神功皇后が、船中で祈りを捧げたところ、「船の苫を海に投げ、その流れのままに船を進めるように」とのお告げにより友ヶ島に無事入港できたことを感謝し、持ち帰った三韓渡来の宝物を先述の二神に奉納した。その数年後、神功皇后の孫である仁徳天皇が友ヶ島に狩りに来た際、その事実を聞くにおよび、島では不自由であろうと考え、社を対岸の加太に移し、現在のような社殿を建築したことが淡嶋神社の起こりとされる。

人形供養の神社として有名で、境内には供養のために納められた、無数の雛人形や市松人形、はてはフランス人形までもが所狭しと並べられ、異様な雰囲気をかもし出している。そのため心霊スポットとしてマスコミに取り上げられることがある。髪の毛が伸びることで話題を集めたお菊人形も安置されている。最近では人形のほかにぬいぐるみなどが納められることも増える一方、人形供養の名目で人形やぬいぐるみを不法投棄していく者もいて関係者を悩ませている。このためか、神社では珍しく夜間に参道を閉鎖し立入禁止としている。

針供養の神社としても有名で、毎年2月ごろに全国から集められた針を供養する。近年では縫い物をする機会が少なくなっていることから、供養に奉納される針の数も減ってきているという。

淡島神は婦人病にかかったため淡島に流されたという伝承から、婦人病を始めとして安産・子授けなど女性のあらゆる下の病を快癒してくれる神社とされている。かつては祈願のため男根形や自身の髪の毛などが奉納されたいたが、現在はそれらに代わって自身の履いていた下着(パンツ)を奉納する女性が多い。境内奧の末社には絵馬などと共に多数の女性用下着が奉納されている。3月3日にはひな流しがある。

住所 和歌山県和歌山市加太118

瀞峡

瀞峡(どろきょう)とは、和歌山県・三重県・奈良県を流れる熊野川水系北山川上流にある峡谷。吉野熊野国立公園の一部。

上流から、奥瀞、上瀞、下瀞と呼ばれ、下瀞は瀞八丁の名で特に著名で、巨岩、奇岩、断崖が続く圧倒的な渓谷美は、古くから名勝と讃えられている。

住所 和歌山県新宮市熊野川町嶋津

紀三井寺

紀三井寺(きみいでら)は、和歌山県和歌山市紀三井寺にある仏教寺院。宗派はもと真言宗山階派に属したが、1948年に独立して救世観音宗総本山を名乗る。本尊は十一面観音。西国三十三箇所第2番札所。縁結び、厄除け、開運、良縁成就、安産、子授けなどにご利益があるとされています。

住所 和歌山県和歌山市紀三井寺1201

根来寺

根来寺(ねごろじ)は和歌山県岩出市にある新義真言宗総本山の寺院。山号を一乗山と称し、詳しくは一乗山大伝法院根来寺と号する。本尊は大日如来、開山は高野山の僧で空海以来の学僧と言われた覚鑁(かくばん、興教大師)である。

国宝の大塔(多宝大塔)は、高さ40メートル、幅15メートルの日本最大の多宝塔。「多宝塔」とは二層一階建ての塔で、通例、初層(裳階)の平面が方形、上層が円形に造られる。この塔も、初層の外見は方形だが、初層内部には円形の内陣が造られており、円筒形の塔身の周囲に庇を付した、多宝塔本来の形式をとどめている。内部には12本の柱が円形に立ち、そのなかに四天柱が立っている。解体修理の際に部材から発見された墨書により、文明12年(1480年)頃から建築が始まり、半世紀以上経た天文16年(1547年)頃に竣工したと考えられている。また、基部には秀吉に攻められた際の火縄銃の弾痕が残されている。

大塔とともに秀吉の焼き討ちをまぬがれた大師堂が、国指定重要文化財に指定されている。本尊の造立銘から明徳2年(1391年)頃の建立と推定されている。

住所 和歌山県岩出市根来2286

藤白神社

藤白神社(ふじしろじんじゃ)は、和歌山県海南市にある神社。鈴木姓の発祥の地とされる鈴木屋敷がある。九十九王子のなかでも別格とされた五体王子のひとつ藤代王子の旧址で、「藤代神社」「藤白権現」「藤白若一王子権現」などとも呼ばれた。 恋愛や縁談成就だけではなく、仕事のご縁などにご利益があるとされています。

住所 和歌山県海南市藤白466

継桜王子

継桜王子(つぎざくらおうじ、次桜王子・続桜王子)は和歌山県田辺市中辺路町にある神社。

社地を囲む鎮守の森の巨木群があり、集落の名をとって野中の一方杉(のなかのいっぽうすぎ)と呼ばれる。これら巨木のなかには樹齢800年以上ともいわれ、直径が2~3mを越えるものも9本を数える。日照や地形の関係のため、どの木もみな一様に南東方向の那智山の方角にのみ枝を伸ばしていることから一方杉の名がついている。南方熊楠が神社林の伐採を阻止したという。

継桜には秀衡桜ともよばれ、藤原秀衡にちなむ次のような伝説が伝えられている。奥州藤原氏の藤原秀衡が熊野に詣でた際、山中で夫人が産気づき男児を出産した。乳児を連れて参詣を続けるわけには行かず、熊野権現の夢のお告げを頼りに立願し、滝尻王子の裏手にある窟に赤子を残して参詣の旅を続けた。しかし、野中のあたりに差し掛かったとき、やはり我が子のことが気になり、それまでついてきた桜の枝の杖を地面に突き刺し、置いてきた赤子が無事ならこの桜も育つだろう、それが叶わなければこの桜も枯れるだろうと祈り、旅を続けた。帰路、ふたたび野中に着くと桜は育っており、喜んだ夫妻は道を急いだ。赤子は山の狼たちに護られて無事に育っていた。この子が後の和泉三朗忠衡である。

継桜王子の前の崖下に湧き水があり、野中の清水と呼ばれている。日本名水百選のひとつに選定されており、現在も簡易水道の水源として、地元の人たちの貴重な飲料水・生活用水として使われている。

住所 和歌山県田辺市中辺路町

熊野三所神社

熊野三所神社は、和歌山県西牟婁郡白浜町の神社。権現崎の付け根に鎮座する。御祭神は伊弉冉尊・速玉男命・事解男命。

本殿下には長方形の磐座があり、また本殿の背後には巨大な岩石があり、かつての熊野地方の自然崇拝、巨石信仰の面影を今に残してる。社叢は県の天然記念物に指定されている。

住所 和歌山県西牟婁郡白浜町744

権現さん

鬪雞神社(とうけいじんじゃ)は、和歌山県田辺市にある神社である。旧称は田辺宮、新熊野。通称「権現さん」。弁慶の父といわれる熊野別当の湛増が、ここで紅白の鶏を闘わせて、源平いずれに味方するかを決めたと伝わる。勝運にご利益があるとされています。

社宝として弁慶産湯の釜、義経の笛などの品を所蔵している。

住所 和歌山県田辺市湊655

次の滝

次の滝は和歌山県有田川町生石にある滝。同じ和歌山県にある直瀑日本一の落差を誇る那智の滝の「次」にすばらしい滝という理由で「次の滝」と呼ばれている。

住所 和歌山県有田郡有田川町延坂

竈山神社

竈山神社(かまやまじんじゃ)は、和歌山県和歌山市内に鎮座する神社である。釜山神社と表記されることもあった。神武天皇の長兄である彦五瀬命を祀る。本殿の裏に彦五瀬命のものとされる墓がある。

住所 和歌山県和歌山市和田438

紀州宝来宝来神社

紀州宝来宝来神社は和歌山県有田郡有田川町の神社。熊本県南阿蘇村にある宝来宝来神社の分社。御神体の当銭岩に「ホギホギ」と心の中で念じ祈願するという独特の参拝方式がある。夫婦円満のご利益があるとされています。

住所 和歌山県有田郡有田川町田角502-1

高原熊野神社

高原熊野神社(たかはらくまのじんじゃ)は和歌山県田辺市中辺路町高原にある神社である。高原王子とも呼ばれ、本殿は和歌山県指定有形文化財である。応永年間(1394年 – 1428年)の創祀と推定される。

樹齢1000年以上と推定される楠が境内を囲っている。不寝王子と大門王子との間に位置し、今日では集落の手により熊野古道を探訪する人のための休憩所が設けられている。

住所 和歌山県田辺市中辺路町高原1120

王子神社

王子神社(浜王子)は、和歌山県新宮市の神社。もとは海の神を祭る宮だったが、熊野信仰の興隆の中で、王子社として知られるようになった。

住所 和歌山県新宮市王子町1丁目14-32

東光寺

東光寺(とうこうじ)は和歌山県田辺市の湯の峰温泉にある天台宗の寺院。山号は薬王山。

伝承によれば、湯の峰温泉の源泉の周囲に湯の花が自然に積って薬師如来の形となったものを裸形上人が見出し、本尊(湯峯薬師)として創建したという。古くは本尊の胸から温泉が噴出していたため、湯の胸温泉と呼ばれていたものが転訛して現在の湯の峰温泉の名になったとされている。

東光寺本堂(薬師堂)は、その性質上、移動させることの出来ない本尊の覆屋となっており、その内部に設けられた厨子も本尊を囲むように構築されている。日光月光菩薩扉絵は、焼失以前の旧厨子のものと伝えられている。画風は近世仏画に通じる特徴があり、室町時代末期(16世紀末)頃と考えられている。県指定有形文化財。なお、日輪中には熊野にちなんでか、三本足の烏(八咫烏)が象られている。

東光寺の上、湯の峰王子の社地の奥にある不動滝は、伝承によれば裸形上人の苦行の場であるという。滝の左岸には金毘羅の小祠がある。

住所 和歌山県田辺市本宮町湯峯

金剛三昧院

金剛三昧院(こんごうさんまいいん)は、和歌山県伊都郡高野町高野山にある仏教寺院・宿坊。高野山真言宗別格本山。本尊は愛染明王。仏塔古寺十八尊第11番霊場。西国愛染十七霊場第17番霊場。

住所 和歌山県伊都郡高野町高野山425

貴志川八幡宮

貴志川八幡宮は和歌山県紀の川市貴志川町岸宮1124番の神社。全国でも珍しい古代祭祀跡が残る。

神功皇后筑紫より帰還の折り皇子と共にお船にて名草郡柏原の郷(現安原)に着き、上陸後、長田の小竹の宮(志野神社 )に赴いたと伝わる。その途中に留まったのがこの地であったと伝わる。

社殿に登る石段の両脇に分かれて作られた庭園に使われている石は、すべて近くで産出されている蛇紋岩である。

住所 和歌山県紀の川市貴志川町岸宮1124-1

小浜海岸近くの小山

小浜海岸近くの小山は和歌山県有田郡湯浅町の小山、岬。小浜海岸、国津神社近くに位置する。関西や四国の有名なパワースポットを線で繋ぐと、この小山を中心に繋がるという。

住所 和歌山県有田郡湯浅町

弁天島

弁天島は和歌山県那智勝浦町勝浦の大勝浦地区にある島。白蛇弁天が祀られている。

陸地からは数十メートルのところにあり、干潮時には陸続きになって歩いて渡ることができる。航海安全・商売繁盛・財運アップのご利益があるという。

住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町

鷲峰山興国寺

鷲峰山(しゅうほうざん)興国寺は、和歌山県日高郡由良町にある臨済宗妙心寺派の寺院。

開山法燈国師は、宋より帰朝のさい「無門関」を初めてもたらした他、尺八を会得し伝え、味噌、醤油を伝えたのも国師によると言われる。

住所 和歌山県日高郡由良町門前

田殿丹生神社

田殿丹生神社(たどのにうじんじゃ)は和歌山県有田郡有田川町の神社。御祭神は丹生津比賣命(にうつひめのみこと)、大名草比古命(おおなくさひこのみこと)。産業発展、開運、縁結びのご利益があるとされています。

五世紀、應神天皇、神功皇后による創建と言われている。当初、現社地よりも南のほうにあり、夏瀨の森の中にあったというが、平安時代に洪水があり、夏瀨の森はその北部一角だけとなり、当社も白山山麓へ遷座となる。夏瀨神社の後方の楠の喬木は、足利義満公が金閣寺を建立する際に、天井の一枚板に使うために切り倒した切り株から生えた、ひこばえだと伝わる。

住所 和歌山県有田郡有田川町出335

潮御崎神社

潮御崎神社(しおのみさきじんじゃ)は、和歌山県東牟婁郡串本町に鎮座する神社。本州の最南端、潮岬にある。

串本町指定文化財「御綱柏(みつながしわ)」がある。潮御崎神社の社領で、古くからの禁足地である「高塚の森」に、巨石遺跡がある。古代の太陽祭祀遺跡ではないか、という説がある。

住所 和歌山県東牟婁郡串本町潮岬2881

塩屋王子神社

塩屋王子神社(しおやおおじじんじゃ)は和歌山県御坊市北塩屋1144の神社。安産祈願、無病息災、永遠の美にご利益があるとされています。

美人王子とも呼ばれる。祭神が天照大神の美人像であるからという説、白河法皇が熊野詣の際に歌会を催し詠まれた「千載集」や「新古今和歌集」による海を一望できる景勝地であるとの説がある。熊野九十九王子の一つ。

住所 和歌山県御坊市北塩屋1144

皆瀬神社

皆瀬神社(かいぜじんじゃ)は和歌山県田辺市にある神社。日本三大美人の湯の一つ・龍神温泉に位置する。龍神温泉は弘法大師空海が龍神に導かれて発見したと言われている。特に女性の病気回復や安産・子授けなどにご利益があるとされています。

長禄二年(1458年)この地の豪族龍神正直氏(龍神氏10代)が勧請し、文明年間(1469~1486年)に龍神正氏(龍神氏11代)が社殿を造営。大正13年(1924年)に大改築が行われた社殿は春日造りで貴重な文化財である。

祀られている天児屋根命は春日権現とも呼ばれる言霊の神で、天照大神が岩戸に隠れた際、岩戸の前で祝詞を唱えて、天照大神が岩戸を少し開いたときに鏡を差しだしたことで知られる。毎年11月3日には皆瀬神社祭典が行われ、護摩壇山の冷気をふるわす大太鼓が打ち鳴らされる。

住所 和歌山県田辺市龍神村龍神

湯の峰温泉

湯の峰温泉(ゆのみねおんせん)は、和歌山県田辺市本宮町(旧国紀伊国牟婁郡)にある温泉。

共同浴場は2箇所存在する。そのうちのひとつは、日本最古の共同浴場と言われるつぼ湯である。川岸の小屋の中に2から3人程度が入れる岩穴があり、そこに温泉が湧いている。1800年の歴史があるとされ、小栗判官回復の伝説がある。

小栗判官(おぐりほうがん)は、伝説上の人物であり、またこれを主人公として日本の中世以降に伝承されてきた物語。モデルとなった人物は、常陸国小栗御厨(現在の茨城県筑西市)にあった小栗城の城主である常陸小栗氏の小栗助重とされている。

湯の峰温泉のつぼ湯は、中世の説経節「小栗判官」において、小栗が蘇生を遂げた地とされる。そのため、この温泉の周辺には小栗にまつわる伝承が多い。特に、小栗伝説については、餓鬼阿弥となった小栗が湯の峰にやって来るまでに乗っていた車が捨てられたと伝えられる車塚、蘇生した小栗が力試しをするために持ち上げた石だとされる力石、小栗の髪を結っていた藁を捨てたところに稲が自然に生えて来たという不蒔の稲(まかずのいね)など多くの遺構がある。

1日に7回湯の色が変わると言われている。つぼ湯の少し下流に湯の峰共同浴場があり、つぼ湯もここが管理している。

共同浴場前の川岸に湯筒という源泉自噴口がある。湧出温度が高いため、ここで温泉玉子や茹で野菜を作る光景が見られる。近所の店で卵や野菜を売っているので、観光客も温泉卵作りを楽しめる。

住所 和歌山県田辺市本宮町下湯川

古座川の一枚岩

古座川の一枚岩は和歌山県東牟婁郡古座川町の古座川左岸にある、高さ約150m・幅約800mの一枚の巨岩。一枚の岩盤としては佐渡島の大野亀(高さ約167m)や屋久島の千尋の滝(高さ約200m、幅約400m)などとともに日本最大級とされる。世界最大最長命とされるヘリトリゴケが生えている。国指定の天然記念物。

昔、太地の岩が大好物の魔物が居り、岩の多い古座川流域の下流から岩を食い荒らしていったが、一枚岩に喰らいついたとき、蔵土の飼い犬に追われ、犬が嫌いだった魔物は逃げ去ったという伝説が伝わる。

一枚岩のほぼ中央に縦に通る凹みは、このときの魔物の歯型であると伝わり、雨が降り続いた時に上の池から水が溢れでて流れ出ると出現する「陰陽の滝」は、魔物の悔し涙が流れ落ちたものであると伝えられる。

住所 和歌山県東牟婁郡古座川町相瀬

ごまさんスカイタワー

高野龍神スカイライン沿いの紀州一の高峰である護摩壇山頂上付近に立つ展望台。標高は1374mある。

高さ33mの塔は、護摩壇山の史実にちなんで設計され、護摩木を積み上げた独特の形をしてる。東は大台・大峰をはじめとした山々、西には紀伊水道の島々まで展望でき、見通しの良い日には、四国山脈までも眺めることができる。

住所 和歌山県田辺市龍神村龍神1020-6

住吉神社

住吉神社は、和歌山県田辺市鮎川の神社。通称「お劔さん」。

宝永年間(1704~1711年)の摂津の住吉大社から勧請。明治初年(1868年)に社名をそれまでの住吉社から住吉神社と改称。明治7年(1874年)には鮎川王子を合祀。以降、同40年(1907年)まで村内の神社を合祀した。社殿背後の社叢にあるオガタマノキは県指定天然記念物。

住所 和歌山県田辺市鮎川1512

国主神社

国主神社は、和歌山県海南市にある神社。御祭神は大國主之神、あわせて事代主之神、天照皇大神、天児屋根命を配する。社殿は建久の頃(1190年~)、多田源氏の一族によって造営されたと言われる。

付近には、宇賀部神社、杉尾神社、千種神社など所謂名草戸畔、神武東征時に誅殺された名草の女王ゆかりの神社が多く、当社はその三社と同一円周上に鎮座しているらしい。また、三輪山と金剛山を結んだ線の延長線縁辺に位置するともいう。

住所 和歌山県海南市多田714

道成寺

道成寺(どうじょうじ)は、和歌山県日高郡日高川町にある天台宗の寺院。新西国三十三箇所観音霊場の第五番札所である。

道成寺創建にまつわる「髪長姫伝説」(「宮子姫伝記」)や、能、歌舞伎、浄瑠璃の演目として名高い、「安珍・清姫伝説」で知られる。この伝説は、平安時代中期に編纂された『大日本国法華験記』にすでに見える古い話である。縁結びにご利益があるとされています。

拝観の際には縁起堂で「安珍清姫」の絵巻物を見せながらの絵説き説法が行われる。

「髪長姫伝説」では、髪の生えない娘が観音様から授かった美しい黒髪のおかげで、お妃に選ばれる。後に聖武天皇となる皇子を出産するが、宮子姫は皇子と引き離されてしまい、悲しみにくれて引きこもってしまう。その後、僧による治療によって回復し、37年ぶりに天皇となった皇子と再会した姫は、長寿の生涯を全うする、というもの。ここから、女性の良縁と開運を祈る寺とされる。

住所 和歌山県日高郡日高川町鐘巻1738

阪田神社

阪田神社(歓喜神社)は、和歌山県白浜町の阪田遺跡にある神社。1300年前祭祀遺跡に刻まれていた男女陰陽のレリーフを御神体として祀る。夫婦円満」をはじめとして「子宝」や「安産」さらには「縁結び」などにご利益があるとされています。隣接してラマ教や密教の歓喜仏展示する白浜美術館がある。

住所 和歌山県西牟婁郡白浜町坂田1-1

顕国神社

顕国神社は、和歌山県有田郡の神社。延暦20年(801)坂上田村麿が正殿を造営し、大国主大明神と称されたと伝わる。近隣の村の総社として大宮と呼ばれた。例祭の秋祭りは町内各地区から集まった25台の神輿が午後1時半頃境内を出発し、威勢のいい掛け声とともに町内を練り歩く。商売繁盛・交通安全などにご利益があるとされています。

住所 和歌山県有田郡湯浅町湯浅1914

長保寺

長保寺(ちょうほうじ)は、和歌山県海南市下津町にある天台宗の仏教寺院。

山号を慶徳山と称する。本尊は釈迦如来、開山は性空(しょうくう)である。紀州藩主紀州徳川家歴代の墓所(国の史跡)がある寺として知られている。

住所 和歌山県海南市下津町上689

補陀洛山寺

補陀洛山寺(ふだらくさんじ)は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町にある、天台宗の寺院。補陀洛とは古代サンスクリット語の観音浄土を意味する「ポータラカ」の音訳である。

住所 和歌山県東牟婁郡那智勝浦町大字浜の宮348

矢宮神社

矢宮神社(やのみやじんじゃ)は、和歌山県和歌山市内に鎮座する神社である。神武天皇が東征の折この地に陣を構え、その後矢の宮と創建したと伝えられる。また一説によれば、矢田部氏の氏神を祀ったもので矢の宮と称したとも言われている。

住所 和歌山県和歌山市関戸1丁目5-27

瑠璃光薬師霊泉

瑠璃光薬師霊泉(るりこうやくしれいせん)は和歌山県西牟婁郡白浜町の湧き水。

石のすき間から湧き出る水は長期の保存にも腐敗せず、うまい水として古くから薬水や飲み水などに使われてきた。今も遠くから水を汲みに来る人が絶えない。七福神が祀られ、「七福神の水」とも呼ばれる。

住所 和歌山県西牟婁郡白浜町十九渕1116-5

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