兵庫県 パワースポット

伊和神社

日吉神社

日吉神社兵庫県加西市の神社。御祭神は大山咋大神和魂、大己貴大神、田心姫大神、白山比賣大神、大山咋大神荒魂、鴨玉依姫大神和魂、鴨玉依姫大神荒魂。滋賀県大津の日吉神社の御分霊を祀る。商売繁盛・安産祈願などにご利益があるとされています。

日吉神社の神使は「猿」で、神猿と書いて「まさる」と呼び、「魔が去る」または「勝る」の意で魔よけ等の神徳があるといわれている。本殿には、「眼猿(みざる)」「口猿(いわざる)」「耳猿(きかざる)」の珍しい彫刻がほどこされている。

通常秋祭りは、収穫を祈るものだが、日吉神社で神々の結婚から出産までを示すものといわれている。この神輿に椎の枝葉で調整した御供を供える稚児は、一生安産・息災が約束されると信じられている。

住所 兵庫県加西市池上町7

伊和神社

伊和神社

伊和神社(いわじんじゃ)は、兵庫県宍粟市にある神社。播磨国一宮。縁結びや安産、商売繁盛、病気平癒、交通安全などのご利益があるとされています。

『播磨国風土記』で活躍が描かれている伊和大神(大己貴神)を祀る。海神社、粒坐天照神社とともに播磨三大社とされる。

住所 兵庫県宍粟市一宮町須行名407

清荒神清澄寺

清荒神清澄寺(きよしこうじん せいちょうじ)は、兵庫県宝塚市にある真言三宝宗の寺院(大本山)。摂津国八十八箇所第72番。家内安全、商売繁盛などにご利益があるとされています。

896年(寛平8年)に宇多天皇の勅願寺として静観僧正により建てられた。本尊は大日如来。鎮守社として三宝荒神社があり、竃の神の荒神などを祀る神仏習合から「清荒神清澄寺」の名称がある。

本尊は大日如来で、国の重要文化財に指定されている。山内には画家富岡鉄斎の作品を集めた鉄斎美術館が1975年に設立された。

近隣地域では、「荒神さん」と呼び慣わされ、かまど神の一種として、ここで受け取ったお札を台所の神棚に祀るなどの信仰が根付いている。門前の緩やかな坂道には、屋台を含め200近い店舗が軒を並べて門前町を形成している。

本社の背後の荒神さんが姿を現われたといわれる場所に「荒神影向の榊」が植えられている。頂いたお賽銭を紙に包んで財布に入れておくとお金に不自由しないとか、次にお参りするまで「お守り」として持っていると良いことがあるという。

鉄斎美術館に向かって右の川に沿って奥へ行った先にある「龍王滝」がパワースポットだという。滝の正面左の岩肌に不動明王が祀られている。

住所 兵庫県宝塚市米谷字清シ1番地

おのころ島神社

自凝島神社(おのころじまじんじゃ)は、兵庫県南あわじ市(旧三原町)にある神社である。おのころ島神社とも表記される。磤馭盧島神社という表記もあるが、ほとんど使われていない。縁結びのご利益があるとされています。

伊弉諾尊・伊弉冉尊を主祭神として菊理媛命を配祀する。当社が鎮座する丘が両神による国産み・神産みの舞台となった自凝島であると伝えている。このことから縁結びや安産などの御利益があるといわれる。

高さ21.7メートルの大きな鳥居が有名。この鳥居は平安神宮及び厳島神社と並び「日本三大鳥居」の一つに数えられる。当社西側を流れる三原川には朱色の欄干の「おのころ橋」がかかっている。

住所 兵庫県南あわじ市榎列下幡多421

弓弦羽神社

弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ)は、兵庫県神戸市東灘区御影郡家にある神社である。旧社格は村社。熊野三山に祀られる神である伊弉冉尊(那智大社)・事解之男命(本宮大社)・速玉之男命(速玉大社)を祀り、「根本熊野三所大神」と総称する。天照皇大御神・素佐男尊を配祀する。厄除開運・家内安全・諸願成就・交通安全守護・恋愛成就・開運勝利と縁結びのご利益があるとされています。

八咫烏(やたがらす)をシンボルとする。神功皇后の三韓征伐からの帰途、忍熊王が挙兵したことを知り、この地で弓矢・甲冑を納めて熊野大神に戦勝を祈願した。弓矢・甲冑を納めたということから、当社背後の山を「弓弦羽岳」「武庫山」(後に「六甲山」の字が宛てられた)と呼ぶようになった。

日本酒の名産地である灘五郷にあり、氏子には造酒メーカーも多い。新年に菊正宗、白鶴、剣菱の奉納した樽酒がふるまわれるほか、メーカーの醸造祈願祭も行われる。

また、ソチオリンピックのフィギュア男子ショートで史上最高の101.45点を獲得した羽生結弦選手ファンの「聖地」にもなっている。名前が似ていることから、ファンが絵馬やお守りを羽生選手に贈ったことから、全国の羽生選手ファンに知られるようになった。さらに2011年夏、大阪での大会を終えた羽生選手が神戸まで足を延ばして神社に寄り、絵馬を奉納された。この直筆の絵馬は焚かれずに、神社内に大切に保管されているという。

住所 兵庫県神戸市東灘区御影町御影字弓弦羽ノ森1810

千姫天満宮

千姫天満宮(せんひめてんまんぐう)は兵庫県姫路市山野井町にある神社。男山の中腹に鎮座している。1623年(元和9年)3月、徳川家康の孫で豊臣秀頼正室である千姫によって創建された。学業と恋愛成就にご利益があるとされています。

千姫は天神(天満宮・菅原道真)を信仰しており、天神の木像を祀っていた。1615年(慶長20年)の大坂夏の陣で、秀頼が自害し千姫は寡婦となるが、その翌年、1616年(元和2年)には本多忠刻と再婚。1617年(元和3年)に忠刻が姫路に移封されると、千姫は本多家の繁栄を願い1623年(元和9年)3月に男山に天満宮を建立し6枚の羽子板を奉納した。千姫が生活していた姫路城西の丸から拝礼出来るように東向きに造営されており、千姫は長局の廊下から拝礼していたと伝わる。

千姫が奉納した羽子板に肖って絵馬は羽子板の形になっており、麓の店で販売している。また、切手を貼れば郵便物として郵送も可能。学業成就の他、忠刻と千姫の夫婦仲の良さから恋愛成就の御利益もあるといわれている。

住所 兵庫県姫路市山野井町

姫路城

姫路城(ひめじじょう)は、兵庫県姫路市(播磨国飾東郡姫路)にあった城。

江戸時代初期に建てられた天守や櫓等の主要建築物が現存し、ユネスコの世界遺産や日本国の特別史跡となっている。日本さくら名所100選に選定されている。

姫路城西の丸は、徳川家康の孫娘、千姫ゆかりの場所。その渡櫓の城外側は幅1間の廊下が約240m連なっており「百間廊下」と呼ばれている。城外に向けて石落としや狭間、鉄砲の煙出しの窓も付設されている。城内側は侍女達の部屋がある。

西の丸の化粧櫓は、千姫が忠政の嫡男・忠刻に輿入れする際の化粧料10万石で1618年(元和4年)に建てられたものである。戦前の修理までは、化粧櫓にはその名の通り当時の化粧品の跡が残っていたという。

西方には、千姫が3歳で嫡男を失った後、一家の繁栄を願って建立したといわれる男山千姫天満宮が望める。千姫が朝夕、西の丸長局の廊下から天満宮を遥拝していたとされており、ここからの風景を写真にとって携帯の待ち受けにすると、姫力がアップするという。

姫路城天守閣の最上階には刑部神社(おさかべじんじゃ)が祀られている。姫路城築城以前よりこの地に祀られており、姫路城主であった大名、松平朝矩が幕府の命により前橋城へ移った際、現在の群馬県前橋市にある長壁神社へと移されたが、現在も姫路城のパワースポットと言われている。

播州皿屋敷にまつわる「お菊井戸」というがある。お菊は女スパイだったが正体がバレて皿の紛失を理由にいたぶられ最後は井戸に投げ捨てられた。

城内の上山里丸と呼ばれる広場にある「お菊井戸」は、「播州皿屋敷」に登場する井戸だといわれている。永正年間、城主・小寺則職の執権・青山鉄山が城の乗っ取りを計画。これに気づいた忠臣の衣笠元信は、愛妾のお菊を青山家に女中として送り込み、陰謀を暴いた。しかし、青山一家の謀反は成功し、その後青山家に残っていたお菊は町坪弾四郎に正体を気づかれてしまう。弾四郎はそれを盾に結婚を迫るが拒まれ、腹を立てた弾四郎は家宝の皿10枚のうち1枚を隠し、お菊の不始末として責め殺して井戸に投げ込んだ。それからというもの毎夜、「1枚、2枚…」と皿を数えるお菊の悲しげな声が井戸から聞こえるようになったという。

その後、元信ら忠臣によって鉄山一味は滅ぼされ、お菊は「於菊大明神」として十二所神社の境内にあるお菊神社に祀られている。学業成就、対人運アップ、縁結び、商売繁盛、交通安全にご利益があるとされています。

住所 兵庫県姫路市

六甲山

六甲山(ろっこうさん)は、兵庫県南東部、神戸市の市街地の西から北にかけて位置する山塊。瀬戸内海国立公園の区域に指定されている。日本三百名山、ふるさと兵庫50山の一つである。

六甲山上からの眺望は開けた景色を望むことができ、西の明石海峡大橋や淡路島、その海岸線に迫る六甲山系が見てとれ、南には金剛山や泉州地域の海岸線、紀伊水道の友ヶ島なども望める。東には生駒山や阪神平野一帯の眺望が可能で、淀川や大阪市内もはっきりと見ることができる。また直下には神戸の市街地や臨海地帯が迫って見えることもあり、その山上からの高低差とスケール感のある広角な視界が得られることにより大変みはらしの良い眺望が可能で、多くの観光客が訪れるスポットである。下界を見下ろせる所々には展望台が設置されており六甲山から見下ろす夜景は日本三大夜景の一つとされている。

住所 兵庫県神戸市東灘区

伊弉諾神宮

縁結び、良縁、子宝で有名な伊弉諾神宮。

伊弉諾神宮は、古事記・日本書紀の冒頭にその創祀を記し、神代の昔に伊弉諾大神 が、御子神の天照皇大御神に統合の権限を委ね、淡路の多賀の地に「幽宮(かくりのみや)」を構えて余生を過された神宅の旧跡と伝えられてゐます。ここで終焉を迎へた伊弉諾大神は、その宮居の敷地に神陵を築いて祭られました。これを創祀の起源とする最古の神社が伊弉諾神宮です。明治以前は、神陵の前方に本殿がありましたが、明治初年の国費により造営で、神陵の墳丘を整地して本殿を真上に移築し、現在の景観に整へました。

平安時代の延喜式の制では、名神大社。三代実録には神格一品。明治の制度では官幣大社に列格し、古くから淡路國の一宮と崇められ、地元では日本第一番の宮であることから「いっくさん」とも呼ばれます。また日之少宮、津名明神、多賀明神、淡路島神、一宮皇大神とも別称されてゐます。
昭和二十九年に、昭和天皇が「神宮号」を宣下されましたので、伊弉諾神宮と改称し、兵庫県下唯一の「神宮」に昇格しました。

出典:https://izanagi-jingu.jp/?page_id=2

住所 兵庫県淡路市多賀740

山手八番館

山手八番館(やまてはちばんかん)は兵庫県神戸市北野町にある異人館。旧サンセン邸とも。大正時代、サンセン氏の自邸として建設された。チューダー様式の塔屋が3棟連結する個性的な外観で、館内はロダン、ブールデル、ベルナール、レンブラントをはじめとする西洋と東洋の彫刻を中心とする美術品が所狭しと飾られている。

館内にあるサタンの椅子(サターンの椅子)は、座ると願いが叶うと言われている。サタンの椅子(サターンの椅子)は二脚あり、向かって右側のサタンの椅子には女性が、向かって左側のサタンの椅子には男性が座ると、願いが叶うとされている。恋愛成就のご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市北野町

竹田城跡

竹田城(たけだじょう)は、兵庫県朝来市和田山町竹田にあった山城。

縄張りが虎が臥せているように見えることから、別名虎臥城(とらふすじょう、こがじょう)。また城下から遥か高く見上げる山の頂に位置し、しばしば円山川の川霧により霞むことから、天空の城の異名をもつ。雲海に浮かび上がる古城の累々たる石垣群の威容は、名物ともなっている。国の史跡に指定されている。

東に立雲峡を望む標高353.7メートルの古城山(虎臥山)の山頂に築かれ、縄張りは、南北約400メートル、東西約100メートル。天守台をほぼ中央に配置し、本丸、二の丸、三の丸、南二の丸が連郭式に配され、北千畳部と南千畳を双翼とし、天守台北西部に花屋敷と称する一郭がある。廃城から約400年を経ているが、石垣がほぼそのままの状態で残っており、現存する山城として日本屈指の規模となっている。

南千畳の石垣にはめ込まれているひときわ大きい石「鏡石」がパワースポットと言われ、一つだけ願いをかなえてくれるという。【子授かり】【安産】のご利益があるとされています。

住所 兵庫県朝来市和田山町安井

生石神社

生石神社(おうしこじんじゃ)は、兵庫県高砂市にある神社である。必勝祈願・厄除け・病気平穏・健康・安産などのご利益があるとされています。

石の宝殿と呼ばれる巨大な石造物を神体としており、宮城県鹽竈神社の塩竈、宮崎県霧島神宮の天逆鉾とともに「日本三奇」の一つとされている。

高さ5.5m、重さ500トンもの巨石が水に浮いたように見える。1500年近くも前に作られたものとされ、未だに謎に包まれている。

住所 兵庫県高砂市阿弥陀町生石171

五色塚古墳

五色塚古墳(ごしきづかこふん)は、兵庫県神戸市垂水区にある、兵庫県下最大の前方後円墳。別名「千壺古墳(せんつぼこふん)」。健康、願望成就、運気アップなどのご利益があるとされています。

築造年代は4世紀末から5世紀初頭と推定されている。国の史跡に指定されている。墳丘は前方部を南西に向けた三段構築の前方後円墳で、全長194メートル、高さは前方部で11.5メートル、後円部で18メートルである。墳丘は葺石で覆われている。時間帯で変わる太陽の光によって葺かれた石が異なる色で反射するため「五色塚」と言われるとされる。

また、すぐ隣には、直径60メートルの円形の「小壺古墳(こつぼこふん)」があり、五色塚古墳より少し古い時代に造られたと考えられている。

住所 兵庫県神戸市垂水区五色山4丁目

うろこの家

うろこの家(うろこのいえ)は兵庫県神戸市中央区の北野町にある歴史的建造物。美術館「うろこ美術館」を併設する。神戸で最初に公開された異人館である。外壁に貼られた天然スレートの形状が魚鱗のように見えることが館名の由来である。明治38年(1905年)頃、神戸旧居留地に外国人向けの高級借家として建設され、大正年間に北野町に移建された西洋館で、後にドイツ人R.ハリヤーの住居となった。そのため旧ハリヤー邸とも呼ばれるが、「うろこの家」という通称の方が一般的である。イノシシのブロンズ像「ポルチェリーノ」の鼻に触れると幸運を呼ぶとされている。恋愛成就のご利益があるとされています

住所 兵庫県神戸市中央区北野町2丁目20-4

北野異人館

旧パナマ領事館は、兵庫県神戸市中央区にある西洋館、旧ヒルトン邸(きゅうヒルトンてい)。入口にあるシーホースの頭に触ると、願いが叶うと言われている

住所 兵庫県神戸市中央区北野町2-10-5

越木岩神社

越木岩神社(こしきいわじんじゃ)とは、兵庫県西宮市越木岩町に鎮座する神社。前身は延喜式神名帳に載る大国主西神社であるとされる。

子宝・安産・商売繁盛のご利益があるという。

ご神体は「甑岩(こしきいわ)」と呼ばれる周囲約40m、高さ10mの巨大な聖石である。大阪城の石垣を造る時に、切り出そうとして祟りがあったと伝えられる。願いを込めて一周するとご利益が得られるという。

また、甑岩北方の境内の最奥部にも巨石群があり聖石とされ、周囲の鬱蒼とした森は、県天然記念物「越木岩神社社叢林」とされている。

境内の御神水所には罔象免大神(みずはのめ – )が祀られている。俳諧の祖・松尾芭蕉も、この地を訪れ、『さざれ蟹 足這い上がる 清水かな』と詠った。この御神水は室町時代より身体に良いといわれ、ラジウムが多く含まれていることが分かっている。特に女性守護・安産・子授けのほか、子どもの成長や芸能の上達にご利益があるとされています。

住所 兵庫県西宮市甑岩町5-4

西宮神社

西宮神社(にしのみやじんじゃ)は、兵庫県西宮市にある神社である。日本に約3500社ある、蛭子神系のえびす神社の総本社「えびす宮総本社」である。地元では「西宮のえべっさん」と呼ばれる。

第一殿にえびす大神(西宮大神・蛭児命)を祀り主祭神とする。第二殿に天照大御神と大国主大神、第三殿に須佐之男大神を祀る。

祭神の蛭児命は伊弉諾岐命と伊弉諾美命との間に生まれた最初の子である。しかし不具であったため葦の舟に入れて流され、子の数には数えられなかった。ここまでは記紀神話に書かれている内容であり、その後の蛭児命がどうなったかは書かれていない。当社の社伝では、蛭児命は西宮に漂着し、「夷三郎殿」と称されて海を司る神として祀られたという。

商売繁盛のパワースポットと言われている。商売繁盛・家内安全・開運招福のご利益があるとされています。

住所 兵庫県西宮市社家町1番17号

生田神社

生田神社(いくたじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区にある神社である。同じ兵庫県内の廣田神社、長田神社とともに神功皇后以来の歴史を有する。縁結び、縁切り、復縁の復縁のご利益があるとされています。

かつて、現在の神戸市中央区の一帯が社領であり、これが「神戸」という地名の語源となる。地元では「生田さん」として親しまれており、初詣時期にはもちろん、それ以外の時期にも参拝客が絶えない。

古くから健康長寿や縁結び、商売繁盛などのご利益を授けてくれることで知られる。

恋人同士で一緒にお参りし、縁結びのお守りを男性は白、女性は赤をそれぞれ受けると二人は結ばれるといわれている。また、境内の松尾神社にある杉の木に向かって恋愛成就の願い事をすると叶うとされている。

住所 兵庫県神戸市中央区下山手通1丁目2-1

有馬温泉

有馬温泉(ありまおんせん)は、兵庫県神戸市北区(旧摂津国)にある温泉。

日本三古湯の一つ。林羅山の日本三名泉や、枕草子の三名泉にも数えられ、江戸時代の温泉番付では当時の最高位である西大関に格付けされた。太閤秀吉も愛した名湯としても知られる。名実ともに日本を代表する名泉の一つである。僧・行基が発見したと言われ、京都と並ぶ風水の好適地だという。

中でも金の湯は風水学でいう「明堂」の位置にあり、有馬の気の溢れる場所である。古くから泉源があり、現在も地下16m下から41℃の温泉が用いられている。

住所 兵庫県神戸市北区

住吉神社

住吉神社(すみよしじんじゃ)は、兵庫県明石市魚住町中尾にある神社である。底筒男命・中筒男命・表筒男命(住吉大神)と気長足姫命(神功皇后)を祀る。

伝承によれば、神功皇后の三韓征伐の際、播磨灘で暴風雨が起こったため、魚住に避難し住吉大神に祈願をすると暴風雨がおさまったという。凱旋後、神功皇后により住吉大神は摂津国住吉に祀られた。

海上守護、産業、和歌文学の祖神と仰がれ、交通安全、商工業、学業の守護神となっている。また、謡曲「高砂」に住吉、高砂の松の相生にしたとして住吉明神の神徳を称えており、夫婦円満の神でもある。

初めて住吉大神が祀られた地ということで、「住吉神社の発祥の地」を称している。これは、上記のとおり神功天皇が播磨灘で暴風雨にあった際、当地に滞在し、住吉大神に平穏を祈願したところ風雨はたちどころに納まり、つつがなきを得たと伝承されることにちなんでいる。その際に皇后の衣を松の枝に掛け干していたところ風になびき錦のように美しく見えたことから「錦ヶ浦」と呼ばれるようになった。

なお、境内の能舞台は、明石市内に残る唯一の能舞台で、山門、楼門、能舞台、拝殿、本殿が一直線に並ぶ東播磨地方の典型的様式を備えている。周辺の漁船の多くが当神社にちなんで「住吉丸」の船名を付けている。

住所 兵庫県明石市魚住町中尾1031

湊川神社

湊川神社(みなとがわじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区にある楠木正成を祭る神社である。国家安泰、開運厄除、家内安全、交通安全などにご利益があるとされています。

楠木正成は、延元元年(1336年)5月25日、湊川の地で足利尊氏と戦い殉節した(湊川の戦い)。その墓地は長らく荒廃していたが、元禄5年(1692年)になり徳川光圀が「嗚呼忠臣楠子之墓」の石碑を建立した。以来、水戸学者らによって楠木正成は理想の勤皇家として崇敬された。幕末には維新志士らによって祭祀されるようになり、彼らの熱烈な崇敬心は国家による楠社創建を求めるに至った。

1867年(慶応3年)に尾張藩主徳川慶勝により楠社創立の建白がなされ、明治元年(1868年)、それを受けて明治天皇は大楠公の忠義を後世に伝えるため、神社を創建するよう命じ、明治2年(1869年)、墓所・殉節地を含む7,232坪(現在約7,680坪)を境内地と定め、明治5年(1872年)5月24日、湊川神社が創建された。

住所 兵庫県神戸市中央区多聞通三丁目1番1号

玄武洞

玄武洞(げんぶどう)は、兵庫県豊岡市赤石の円山川東岸にある洞窟・絶壁。国の天然記念物に指定され、山陰海岸国立公園に含まれる。青龍洞、白虎洞、南朱雀洞、北朱雀洞の洞窟と玄武洞ミュージアムと合わせ、玄武洞公園として整備されている。

約160万年前の噴火によって噴出されたマグマが冷却され、玄武岩塊が形成された。約6,000年前に波の侵食により玄武岩塊がむき出しとなった。これを人々が採掘し、その採掘跡が洞窟として残った。つまり洞窟は天然のものではなく、坑道・採掘跡地である。

住所 兵庫県豊岡市赤石

保久良神社

保久良神社(ほくらじんじゃ)は、兵庫県神戸市東灘区本山町の保久良山(金鳥山中腹)に鎮座する神社である。

須佐之男命、大国主命、大歳御祖命、椎根津彦命(しいねつひこのみこと)を配祀する。

創立に関する詳細は不明であるが、境内外に多数の磐座群が見られ古代祭祀の場であったと考えられる。境内外地より石器時代、青銅器時代、弥生時代後期の弥生式土器や石斧、石剣など種々の遺物、特に有名な物として約20cmの銅戈(重要文化財)が出土している。その何れもが儀礼的用途をもつものと考証され、祝部土器、玻璃性勾玉も発見され祭祀は非常に古い時代から行われていたと考えられる。

社頭の灯明台の神火は「灘の一つ火」と呼ばれる常夜灯である。その言われは、日本武命が熊襲遠征の帰途、夜に航路がわからなくなった時、保久良神社の灯火が見え無事に難波へ帰りつけた事にある。

住所 兵庫県神戸市東灘区本山北町6丁目2-28

北野天満神社

北野天満神社(きたのてんまんじんじゃ)は、兵庫県神戸市中央区北野町にある天満宮の1つである。合格・学業成就、恋愛成就、厄除け、芸能などにご利益があるとされています。

平清盛が治承4年(1180年)6月に福原に遷都するにあたり、禁裏守護・鬼門鎮護の神として京都の北野天満宮を勧請して祀ったと伝えられる。異人館の密集地域で、神戸大空襲にも、阪神・淡路大震災にも本殿は耐えた。

北野天満神社の手水所にある鯉の像「叶い鯉」は、水をかけて祈願すると”恋”が叶うといわれ、恋愛成就のパワースポットとして人気を集めている。

住所 兵庫県神戸市中央区北野町3-12

大石神社

大石神社(おおいしじんじゃ)は、忠臣蔵のモデルである元禄赤穂事件において討ち入りをした大石良雄、大石内蔵助良雄ら赤穂浪士 赤穂義士を祀る神社である。大願成就、厄除け、開運招福、厄除けなどにご利益があるとされています。

江戸時代には幕府にはばかって表立って顕彰することはできなかったが、明治元年(1868年)、明治天皇が赤穂義士の墓のある泉岳寺に勅使を遣わし義士たちを弔って以降、赤穂と京都に義士を祀る神社が創建された。

住所 兵庫県赤穂市上仮屋旧城内

長田神社

長田神社(ながたじんじゃ)は、兵庫県神戸市長田区の神社。生田神社・広田神社とともに神功皇后以来の歴史を持つ名社とされる。神戸を代表する神社の一つ。主祭神は事代主神。本殿瑞垣内に天照大御神、応神天皇を祀る。商売繁盛や開運招福、交通安全、健康長寿などのご利益があるとされています

『日本書紀』によると、201年(神功皇后摂政元年)2月、皇后が新羅より帰還中に武庫の水門で神託を受け、創祀されたという。この由緒から、2001年(平成13年)には鎮座1,800年を祝った。『延喜式』では名神大社、更に祈雨八十五座に列され、社に奉祀する神戸(かんべ)41戸によって護持されていた。現在まで続く「神戸」の地名は、この神戸職に由来している。境内裏手に楠の御神木がある。

古伝によると、6世紀頃の初秋、繁殖の為岸辺近くに寄ってきた赤エイの群が、夜の台風による暴風雨で増水した苅藻川を溯り、水でひたひたの境内に入り、近在の人がこれを発見捕獲しようと後を追ったが、楠の御神木の付近で見失ってしまった。以来、この御神木は、神の化身である赤エイの宿る処と崇敬されてきた。この御神木に赤エイの絵馬を奉納して祈願すると、痔病平癒の御利益が授かれるという。

住所 神戸市長田区長田町3-1-1

廣田神社

廣田神社(ひろたじんじゃ)とは、兵庫県西宮市に鎮座する神社である。開運隆盛・子授安産・文学歌謡・厄災消除・交通安全などのご利益があるとされています

日本神話に廣田神社の創建のことが書かれている。神功皇后の三韓征伐に出発する際、天照大神の神託があり、和魂が天皇の身を守り、荒魂が先鋒として船を導くだろうと言った。皇后の留守の間に忍熊王が神功皇后とお腹の中にいる皇子(後の応神天皇)を亡きものにしようと明石で待ち伏せていた。戦いを終え、帰途それを知った神功皇后は、紀淡海峡に迂回して難波の港を目指した。しかし、難波の港が目の前という所で、船が海中でぐるぐる回って進めなくなってしまった。そこで兵庫の港に向かい、神意をうかがうと、天照大神の託宣があった。「荒魂を皇居の近くに置くのは良くない。広田国に置くのが良い」と。そこで皇后は、山背根子の娘の葉山媛に天照大神の荒魂を祀られた。これが廣田神社の創建である。このとき、生田神社・長田神社・住吉大社に祀られることになる神からも託宣があり、それぞれの神社の鎮座が行われた。すると、船は軽やかに動き出し、忍熊王を退治することができた。

境内にはコバノミツバツツジの群落があり、総数2万株に及ぶ。このツツジ群落は兵庫県指定天然記念物である。

阪神タイガースが全選手・監督・コーチをそろえて毎年キャンプイン前の1月に廣田神社に参拝する行事は、球団創立時からの伝統である。

住所 兵庫県西宮市大社町7-7

圓教寺

圓教寺(円教寺、えんぎょうじ)は、兵庫県姫路市にある寺院で、天台宗の別格本山である。山号は書寫山(書写山、しょしゃざん)。 西国三十三箇所第27番。開運招福全般、交通安全全般、厄除け、安産、学業成就、厄除け、学業成就、安産子育て、交通安全などのご利益があるとされています。

「西の比叡山」とよばれるほど寺格は高く、西国三十三箇所中最大規模の寺院で、比叡山、大山とともに天台の三大道場と並び称された巨刹である。京都から遠い土地柄でありながら、皇族や貴族の信仰も篤く、訪れる天皇・法皇も多かった。

住所 兵庫県姫路市書写2968

須磨寺

須磨寺(すまでら)は、兵庫県神戸市須磨区にある仏教寺院。真言宗須磨寺派大本山。山号は上野山(じょうやさん)。本尊は聖観音である。宗教法人としての公称は福祥寺。学業成就のご利益があるとされています。

平安時代の初め、漁師が和田岬の沖で引き上げた聖観音像を886年(仁和2年)に聞鏡上人が現在の地に移したのが始まりとされている。平敦盛遺愛の「青葉の笛」や弁慶の鐘、敦盛首塚、義経腰掛の松など、多数の重宝や史跡が存在する。源平を偲んで訪れる文人も多く、境内には正岡子規・松尾芭蕉句碑がある。

源平の庭の奥に「ぶじかえる」という蛙の像がある。借金に困っている人は、かえるの首を回すと悩みが解消するという。

また境内にある神戸七福神霊場の福禄寿尊は、笑いながら頭を撫でるとボケ封じに、体を撫でるとガン封じになるといわれている。

住所 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4-6-8

上立神岩

上立神岩は南あわじ市沼島の奇岩。高さ30mで、「天の御柱」や「龍宮の華表(城郭の門の意)」でもあると伝えられる。恋愛運アップのご利益があるとされています。

住所 兵庫県南あわじ市

神呪寺

神呪寺(かんのうじ、神咒寺)は兵庫県西宮市甲山山麓にある仏教寺院。山号は甲山。真言宗御室派別格本山。甲山大師とも呼ばれ、地元では「お大師さん」とも呼ばれている。商売繁盛のご利益があるとされています。

住所 兵庫県西宮市甲山町25-1

廣峯神社

廣峯神社(ひろみねじんじゃ)は、兵庫県姫路市の広峰山山頂にある古社である。全国にある牛頭天王の総本宮(ただし、八坂神社も牛頭天王総本宮を主張している)。別称広峯牛頭天王。縁結び、厄除け、病気平癒にご利益があるとされています。

天平5年(733年)、唐から帰った吉備真備が都へ戻る途中この地で神威を感じ、それを聖武天皇に報告したことにより、翌天平6年(734年)、白幣山に創建されたのに始まると伝えられる。

近世以降、播州の人が「伊勢参り」するとき、まず広峯神社に参拝してから出発し、帰ってくるともう一度社参した。これを「二度廻り」といい、この慣わしは昭和初期まで続いた。

山頂への登路は主なものが二つあり、南は白国村(姫路市白国)及び平野村(姫路市北平野奥垣内)からのものがあって、前者を表坂、後者を裏坂と称した。戦後になり、表坂に沿って車道が整備された。4月3日に行われる御田植祭は、稲の豊作を占う神事で、姫路市の無形民俗文化財に指定されている。

住所 兵庫県姫路市広嶺山52

原不動滝

原不動滝(はらふどうだき)は兵庫県宍粟市波賀町原にある滝。日本の滝百選の一つ。名瀑の宝庫である氷ノ山後山那岐山国定公園を代表する名瀑で、1969年発行の国定公園シリーズ切手の図案に採用された。

住所 兵庫県宍粟市波賀町原625

中山寺

真言宗中山寺派大本山。山号は紫雲山。本尊は十一面観音。西国三十三箇所第24番札所。安産祈願・子授け祈願にご利益があるとされています。

本尊は十一面観世音菩薩であり、インドの勝鬘夫人(しょうまんぶにん)の姿を写した三国伝来の尊像と伝えられる。左右の脇侍も十一面観世音菩薩で、本尊と脇侍をあわせて三十三面となり、西国観音を総摂すると共に法華経に説く観音の三十三権変化身を表象し、真の三十三所巡拝と同じ功徳がえられるという。普段は秘仏となっているが、毎月18日に開扉される。

地元では「中山さん」と親しみを込めて呼ばれている。本堂の西側、阿弥陀堂の前に「安産手水鉢」がある。本尊の十一面観世音菩薩を祈願し、この手水鉢で身を清めれば安産疑いなし、という言い伝えが生まれ、安産手水鉢と言われるようになったという。

住所 兵庫県宝塚市中山寺2丁目11-1

鶴林寺

鶴林寺(かくりんじ)は兵庫県加古川市にある仏教寺院。山号を刀田山(とたさん)と称する。宗派は天台宗、本尊は薬師如来である。夫婦円満などのご利益があるとされています。

近畿地方に数多くある聖徳太子開基伝承をもつ寺院の1つで、太子建立七大寺の一つとも言うが、創建の詳しい事情は不明である。平安時代建築の太子堂(国宝)をはじめ、多くの文化財を抱えるため、西の法隆寺とも言われている播磨地方有数の古寺である。

住所 兵庫県加古川市加古川町北在家424

鮎屋の滝

鮎屋の滝は兵庫県洲本市(淡路島)にある滝。

鮎屋ダムの下流約600メートルに位置する。落差は14.5メートルと、淡路島随一。春には桜、夏にはホタルと避暑、秋には紅葉と、四季を通じて豊かな自然の表情を見せる。心霊スポットとも言われる。

住所 兵庫県洲本市鮎屋

高砂神社

高砂神社(たかさごじんじゃ)は、兵庫県高砂市にある神社。相生の松で知られ、能・謡曲の『高砂』の舞台の一つとも言われている。旧社格は県社。縁結び、和合、長寿などにご利益があるとされています。

あるとき、1つの根から雌雄2本の幹をもつ松が境内に生えた。この松は、尉(伊弉諾尊)と姥(伊弉冊尊)の2神が宿る霊松とされ、相生の松と称された。初代相生の松は天禄年間に、2代目は兵火によって天正年間に枯死したと伝えられている。本多忠政がこれを惜しみ、遷宮の際に3代目の相生の松を植えたと言われている。3代目相生の松は大正13年に天然記念物に指定されたが、昭和12年に枯死、幹が霊松殿で保存されている。現在は5代目の松が枝を張る。

なお、相生の松の他にもいぶき(高砂市保存樹)も神木とされており、『高砂』の登場人物である阿蘇の宮神主・友成の杖から発芽したとする伝説がある。

住所 兵庫県高砂市高砂町東宮町190

糸井の大カツラ

糸井の大カツラは、兵庫県朝来市にある古木。国の天然記念物に指定されており、幹周19.2m、樹高36m、樹齢約2000年。

住所 兵庫県朝来市和田山町竹の内

三宮神社

三宮神社は、神戸市中央区三宮町の神社。神戸の中心地である三宮の名称はこの三宮神社に由来する。また三宮神社だけでなく一宮神社から八宮神社まであり、いずれも生田神社の末社の一つといわれる。

慶応4年(1868)、神社の前で備前藩士とイギリス人水兵とが衝突したという神戸事件でも知られ、境内には、この事件を記した石碑が残る。

「愛とお金に強くなる場所」と言われる。安産祈願・恋愛成就など、ご縁結びのご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市中央区三宮町2丁目4-4

旧中国領事館の狛犬

元中国領事館の当館は、神戸・北野の異人館街に位置する。洗練されたインテリアの中に明朝(1368~1615)から清朝(1616~1911)に至る貴重な美術品、家具、調度を備える。

この元中国領事館にある狛犬の間を通るときに願い事をすると叶う、と言われている。恋愛成就にご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市中央区北野町2丁目18-2

摩耶山

摩耶山(まやさん)は兵庫県神戸市灘区、六甲山地の中央に位置する標高702mの山。摩耶山の名は空海が天上寺に釈迦の生母・摩耶夫人(まやぶにん)像を安置したことに由来する。古くは八つの国が見渡せるため八州嶺とも呼ばれていた。兵庫50山の一つ。

山頂近くの掬星台展望台(標高690m)よりの阪神間の夜景が美しい。日本三大夜景のひとつとされる。摩耶の大杉は、摩耶山中にある杉の巨木。幹周り8m。「摩耶の大杉さん」とも呼ばれる。

樹齢1000年とも言われ、約200年前に摩耶山一帯で起きた大水害で奇跡的に生き残ったため、その生命力に驚いた人々が、この木に神霊が宿っているに違いないとして「大杉大明神」の名を与えたという。昭和51年の旧天上寺の大火災の後、火を被ったことが原因で徐々に樹勢が衰え枯死してしまったが、枯れて尚威容を誇っている。

住所 兵庫県神戸市灘区摩耶山町

射楯兵主神社

射楯兵主神社(いたてひょうずじんじゃ)とは、兵庫県姫路市にある神社。播磨国総社で、播磨地域では濁らずに「そうしゃ」、「そうしゃさん」と呼ばれる。姫路城の中曲輪内に位置する。

60年に1度の一ツ山大祭、20年に1度の三ツ山大祭が有名。その他にも年中を通して多くの祭事が行われる。

播磨国総社となった11月15日を祝って行われる霜月例大祭は、姫路祭とも呼ばれ、神幸祭で神輿が巡幸する。普段は中央殿は空殿となっているが、例大祭のときのみ、本殿大床中央に神籬を儲け、九所御霊神を祀る。

住所 兵庫県姫路市総社本町190

猿尾滝

猿尾滝(さるおだき)は兵庫県美方郡香美町村岡区にある滝。日本の滝百選に選定されている。

矢田川の支流で、妙見山(1,139メートル)を源とする湯舟川支流の作山川流域にある。猿尾滝ひん岩脈で形成された岩肌を上下2段に分かれて落下する。なお、それぞれの落差は上段39メートル、下段21メートルである。その名の由来は下段の流れが猿の尾に似ていることから名付けられたと言われる。

妙見山にある名草神社参道から眺望される滝として古来より知られていた。江戸時代、この地を治めていた交代寄合(のち村岡藩)山名氏は夏には”ソーメン流し”をして楽しんだと伝えられる。これに因み毎年7月第2日曜日に「猿尾滝祭り」を開催し、大規模な”ソーメン流し”を行いっている。

周囲の原生林はブナ、モミジ、サクラ、ケヤキなどの落葉樹が多く秋には紅葉の名所となる。また、冬には凍結することもあるため氷滝の姿が見られることもある。昭和43年(1968年)兵庫県の名勝及び氷ノ山後山那岐山国定公園に指定された。

住所 兵庫県美方郡香美町村岡区耀山

売布神社

売布神社(めふじんじゃ)は、兵庫県宝塚市にある神社である。式内社で、旧社格は郷社。旧川辺郡米谷村(まいたにむら)の産土神。正式には旧字体を用い「賣布神社」と記す。夫婦円満や恋愛成就、 衣食財・縁結び・安産・厄払いにご利益があるとされています。

推古天皇18年(605年)の創建と伝える。下照姫神は当地の里人が飢えと寒さで困窮しているのを愁い、稲を植え麻を紡ぎ布を織ることを教え、その後豊かになった里人が下照姫神を祀ったという伝承が残る。 米谷村の由来もこの伝承にちなみ、米種(まいたね)か売布谷(めふたに)が転訛したといわれている。下照姫神(高比売神)を主祭神とし、天稚彦神を配祀する。

10月18日・19日に行われるだんじり祭は八坂神社(宝塚市清荒神)と共催で、米谷東(売布、米谷)、米谷西(清荒神)の2基の地車が宮入りする。1736年に立てられた「賣布社」の標石と、4,100m²の社叢が宝塚市文化財に指定されている。

住所 兵庫県宝塚市売布山手町1-1

浄土寺

浄土寺(じょうどじ)は兵庫県小野市にある高野山真言宗の寺院。山号を極楽山と称する。本尊は薬師如来と阿弥陀如来、開山は俊乗坊重源(しゅんじょうぼう ちょうげん)で、建久年間(1190年~1198年)の創建である。多数の文化財を所有する古刹として知られ、大仏様(だいぶつよう)建築の浄土堂と仏師快慶の大作「阿弥陀三尊像」は特に著名である。病気平癒にご利益があるとされています。

浄土寺の建つ地には、奈良時代の僧・行基の建立した前身寺院があったとも言われるが、実質的な開山は平安時代末~鎌倉時代の僧で、東大寺大仏・大仏殿の鎌倉復興に尽力した俊乗坊重源である。治承4年(1180年)、平重衡の軍勢による南都焼き討ちで、東大寺、興福寺は壊滅的な打撃を受け、東大寺の大仏殿も焼け落ちた。この大仏・大仏殿の再興の大勧進(総責任者)となったのが、当時61歳の重源であった。重源は大仏再興事業の拠点として、伊賀(三重県)、周防(山口県)など日本の7か所に東大寺の「別所」を造った。七別所のうちの「播磨別所」がこの浄土寺である。浄土寺の所在地は当時の地名を播磨国大部庄(おおべのしょう)といい、東大寺領であった。

境内には池を中心にして、西に重源当時の建築である浄土堂(阿弥陀堂)、東に室町時代の薬師堂(本堂)が建つ。この配置は偶然ではなく、東方浄瑠璃世界の教主・薬師如来と西方極楽浄土の教主・阿弥陀如来の居所を意味している。

住所 兵庫県小野市浄谷町2094

諭鶴羽神社

諭鶴羽神社は兵庫県の淡路島南部にある諭鶴羽山(ゆづるはさん)にある神社。諭鶴羽山は淡路島の最高峰である。山頂の南側約400mに鎮座する。

創建が開化天皇の治世と伝えられる古社である。祭神は伊弉冉尊・速玉男命・事解男命。三角点のある山頂は諭鶴羽神社の御旅所で、毎年4月第2土曜日に行われる春の例大祭には神輿が上がる。

自然崇拝、山岳信仰に始まり平安時代に修験道が盛んになるにつれ、この山も前期の山々と共に神仏習合体としておおいに繁盛、山上一帯に二十八宇の大伽藍を建て、熊野権現と並んで修験の霊場として栄え、熊野権現奥之院また熊野元宮とも称えられた。その、ご神威は京の貴族社会にまで知られていた。

社叢林の「アカガシ群落」は兵庫県指定天然記念物。境内にある「親子杉」は兵庫県の巨樹巨木に選定されている。良縁祈願、安産祈願、殖産振興、所願成就、悪縁消除などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県南あわじ市灘惣川

鹿嶋神社

鹿嶋神社(かしまじんじゃ)は、兵庫県高砂市にある神社である。一願成就・合格祈願のご利益があるとされています。

一願成就・合格祈願の神として信仰されている。拝殿で参り、本殿裏を回って竹の棒を置く、これを年の数だけ繰り返す願掛が行われる。

神社ではあるが、香を焚き灯明をあげる風習がある。参道の両脇には名物のかしわもちの店が並んでいる。平成10年(1998年)にチタンの大鳥居が造られた。

住所 兵庫県高砂市阿弥陀町地徳279

名草神社

名草神社は、兵庫県養父市の神社。標高1142メートルの妙見山の8合目にあたる標高800メートルの場所に鎮座する。

名草神社の三重塔は、出雲大社の大改修にあたり妙見杉を提供したお礼に、寛文5年(1665年)に出雲大社にあった三重塔を贈られたもの。塔の高さは約23メートル、室町時代の建築物で国指定重要文化財。境内には今も樹齢250年から400年とされる妙見杉の巨木が繁っている。

住所 兵庫県養父市八鹿町石原1755

絹巻神社

絹巻神社は、兵庫県豊岡市気比の神社。円山川河口に架かる港大橋東詰めに鎮座する。

初詣に五社を巡ると縁起がよいとされている「但馬五社」の一社。但馬五社とは、絹巻神社・出石神社・小田井神社・養父神社・粟鹿神社の5つの神社を指す。社の背後にある絹巻山は、県の天然記念物指定の暖地性原生林で覆われている。

住所 兵庫県豊岡市気比940

善住寺

善住寺は、兵庫県美方郡の寺院。覚増上人の開基で、覚増三カ寺の一つ。子育て・長寿・金運などのご利益があるとされています。

住所 兵庫県美方郡新温泉町熊谷1286

鱒ます恋こい神社

鱒ます恋こい神社は、兵庫県神戸市の有馬温泉にある神社。平成24年10月26日、恋愛成就のパワースポットとして、有馬ます池に建立された。縁結びや恋愛成就のご利益があるとされています。

有馬温泉の氏神・温泉守護神として崇敬される湯泉神社(とうせんじんじゃ)の御祭神・大己貴命(おおなむちのみこと、大国主命、大黒さま)の御分霊を受けた。ハート型の絵馬などがある。

住所 兵庫県神戸市北区有馬町1688-2

普門寺

普門寺(ふもんじ)は、兵庫県赤穂市の寺院。平安時代初期に作られた木造千手観音坐像は国指定重要文化財。

住所 兵庫県赤穂市尾崎825-2

出石神社

出石神社(いずしじんじゃ)は、兵庫県豊岡市にある神社。但馬国一宮、式内社(名神大)、旧近代社格制度 国幣中社、別表神社。但馬五社の一つ。地元では「いっきゅうさん」と呼ばれ、親しまれている。創建は奈良時代と伝えられており、貞観元年(859年)の日本記畧では但馬第一の大社と記されている。古事記や日本書紀によれば、祭神のアメノヒボコ 天日槍は新羅の王子であったが、八種の神宝を持って渡来し、但馬国に定住したと伝える。また、八種神宝を八前大神として祀っており、延喜式では八座とされた。社殿およびその後ろは禁足の地で、環状列石がある。土木繁盛、安産祈願、子授かりなどにご利益があるとされています。

住所 兵庫県豊岡市出石町宮内99

摩耶山天上寺

摩耶山天上寺は、兵庫県神戸市の国立公園摩耶山の山上にある寺院。晴れた日には淡路島・明石大橋・小豆島まで遠望できる。全国で唯一の摩耶夫人堂が建つ。安産や子授けなどにご利益があるとされています。

大化2年(西暦646年)、孝徳天皇の勅願を受けたインドの高僧法道仙人が開創されたことに始まる。釈迦の生母で女人守護の仏でもある摩耶夫人は、特に安産・子授け・子育ての守護仏として信仰され、「摩耶山」という名の由来であると言われている。

住所 兵庫県神戸市灘区摩耶山町

妙見山

妙見山(みょうけんさん、みょうけんざん)は兵庫県川西市、大阪府豊能郡豊能町、能勢町にまたがる山。開運・勝負運にご利益があるとされています。

山頂直下には日蓮宗の関西地区における重要寺院である「無漏山真如寺境外(けいがい)仏堂能勢妙見山」(能勢妙見宮)がある。能勢町地黄にある真如寺の飛び地境内という意味だが、真如寺よりもはるかに多くの参詣者を集めている。

山頂付近には能勢妙見宮によって「星嶺」(せいれい)という、能勢妙見宮の紋章をかたどった信徒会館が建てられており、2階の礼拝堂は床が全てガラス張りという仏教の礼拝堂とは思えない構造となっている。

住所 兵庫県川西市

太山寺

太山寺(たいさんじ)は兵庫県神戸市西区にある天台宗の仏教寺院。病気や怪我にご利益があるとされています。

山号を三身山(さんしんざん)と称する。本尊は薬師如来と十一面観音、開基(創立者)は藤原宇合(ふじわらのうまかい)と伝える。

住所 兵庫県神戸市西区伊川谷町前開224

本住吉神社

本住吉神社(もとすみよしじんじゃ)は、兵庫県神戸市東灘区にある神社である。浄化・招福・生命守護・航海安全にご利益があるとされています。

底筒男命・中筒男命・表筒男命(住吉三神)および神功皇后を主祭神とし、天児屋根命・大山津見命を配祀する。

5月4日・5日には境内の車庫に保管されている7台の地車(山田・呉田・住之江・空・西・吉田・茶屋)の巡行が行われる。

住所 兵庫県神戸市東灘区住吉宮町7丁目1-2

絵島

絵島(えしま)は兵庫県淡路市(淡路島)にある島。別名「おのころ島」と呼ばれる。

古事記、日本書紀の国生み神話に登場する「おのころ島」は日本最初の国土とされている。おのころ島には諸説あり、淡路島内だけでも「おのころ島」伝説がつたわる場所はいくつかあるが、ここ絵島もそういったおのころ島伝承地の一つである。

地質学的に珍しい約2千万年前の砂岩層が露出した小島で、岩肌の侵食模様が特徴的である。また、昔から月見の名称として名高く「平家物語」の「月見の巻」にも登場する。

絵島の頂には、平清盛が大輪田の泊(神戸市兵庫区)を築造する際、淡路島、絵島の美しさについて松王丸とよく語り合ったことを思い出し、港の見える絵島の上に清盛が心を込めて人柱となった松王丸(平清盛の小姓)を祀ったといわれている。

住所 兵庫県淡路市岩屋

高取神社

高取神社は、神戸市長田区の高取山山頂にある神社。山頂付近には荒熊神社も祀られている。産業商業などのご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市長田区高取山町103-2

鷲林寺

鷲林寺(じゅうりんじ)は兵庫県西宮市にある高野山真言宗の仏教寺院。山号は六甲山。六甲山地の麓に位置する。病にご利益があるとされています。

寺伝によれば、天長10年(833年)、淳和天皇の勅願寺として空海により開創されたという。本尊は十一面観世音菩薩。紅葉の名所で、季節になると多くの参拝客で賑わう。

境内には、「観音水」と呼ばれる水が湧いている。六甲山より当寺に流れ着く六甲の水を祈願したもので、古来よりのどの病にご利益があるといわれている。

住所 兵庫県西宮市鷲林寺町4-8

養父神社

養父神社(やぶじんじゃ)は、兵庫県養父市にある神社。但馬五社の一つ。「養父の明神さん」と呼ばれ、農業の神として知られる。

養父神社のある養父市場は古くから但馬牛の牛市の中心地であり、現在でも近隣の大藪で但馬牛のせり市が開かれている。山の口の狼である山野口神社が境内摂社として祀られたのは、牛馬に狼の害が及ばないように祈願するためであったと思われ、山野口明神の護符には、今でも牛と馬の絵が描かれている。

住所 兵庫県養父市養父市場840

石上神社

石上神社(いわがみじんじゃ、舟木石上神社)は兵庫県淡路市舟木にある神社。

伊勢斎宮跡と同じ北緯34度32分線上に位置する。「太陽の道」といわれるこの線上には古代太陽祭祀の遺跡群が点在していて、伊勢神島、伊勢斎宮跡、三輪山、室生寺、長谷寺などとともに、古代の太陽信仰の拠点の一つとされている。現在でも女人禁制を堅く守っており、境内には巨石がご神体として祀られている。

住所 兵庫県淡路市舟木

觜崎磨崖仏

觜崎磨崖仏は、兵庫県たつの市神岡町の揖保川に面した断崖に彫られた地蔵菩薩像。1354(文和3)年の銘があり、紀年銘のある磨崖仏としては県下最古のもの。像高133cmで、右手に錫杖、左手に宝珠を持つ。

住所 兵庫県たつの市神岡町東觜崎

岩樟神社

岩樟神社は、兵庫県淡路市岩屋にある神社。淡路島の北端、岩屋城跡がある城山の崖下の洞窟にある。蛭子命(ひるこのみこと)を祀る。商売繁盛、交通安全、厄災除けなどにご利益があるとされています。

奥には高さ1.8m、奥行き6mの岩窟があり、イザナギの尊が最初に築いた幽宮(かくれのみや)との説もある。岩屋で生まれた蛭子命は西宮に流れ着き、西宮戎神社のご神体になったと伝えられる。岩樟神社の前の境内には漁業の神として信仰された恵比須神社がある。

住所 兵庫県淡路市岩屋

清林寺

清林寺は、兵庫県佐用郡佐用の寺院。羽柴秀吉が中国征伐の上月城攻めの際に本陣を置いたと伝えられる。もみじ祭りで知られ、ヤマモミジ約200本が植栽されている。

住所 兵庫県佐用郡佐用町家内285

神鍋神社

神鍋神社は、兵庫県豊岡市の神鍋山山頂付近にある神社。溶岩を使ってピラミッド型に造られた風変わりな神社である。

住所 兵庫県豊岡市日高町栗栖野

高売布神社

高売布神社(たかめふじんじゃ)は、兵庫県三田市にある神社。三田市内唯一の式内小社で、旧社格は旧川辺郡の郷社である。 本殿と木造狛犬は国の重要文化財に指定されている。縁結びや夫婦円満などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県三田市酒井字宮の脇50

素盞嗚神社

素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)は兵庫県西宮市甲子園町にある神社である。

阪神甲子園球場が隣接し、阪神タイガース選手やファン、高校野球関係の必勝祈願者が多く、「甲子園神社」「タイガース神社」とも言われている。「勝ちあがり守」を始めとして野球のボール型やベース型のユニークなお守りや、タイガース絵馬がある。

地元の漁師が網に掛かったえびす像を西宮神社に祀る前に、当地に祀ったと言われる「元戎社」、阪神タイガース元選手・監督の岡田彰布が寄贈建立した「野球塚」がある。塚の前にはベース型の敷石がある。

住所 兵庫県西宮市甲子園町2-40

小野八幡神社

小野八幡神社(おのはちまんじんじゃ)は、兵庫県神戸市の神社。創祀は、平安時代の、仁和三年(887)とされる。境内社は「白玉国高稲荷神社」「巳神社」「金比羅神社」。このうち「巳神社」は、白龍が祀られており、この白蛇は、人との出会いを叶えてくれると言われている。宮司は新渡戸稲造の親戚にあたる。厄除け・交通安全などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市中央区八幡通4丁目1-37

平野八幡神社

平野八幡神社は、神戸市西区の神社。8世紀に九州の宇佐八幡宮より勧請されたと言われる。当神社北の台地に三木別所方の福中城があり、天正6年(1578)織田信長の軍勢が三木城を攻める時に、この城から、古三木街道の神出との境にある坂(矢の坂)に陣取った秀吉軍に矢を放ったため、所在がばれ、落城したとの話が残されており、その弓が今も当神社に残されている。また、拝殿の前には能舞台があり、江戸中期の元禄時代以降、明治時代末期まで一般庶民が歌舞伎や能舞を演じて楽しんだ。現在は舞台のみが残されている。厄除開運・家内安全・交通安全・商売繁盛などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市西区平野町慶明184

湯泉神社

湯泉神社(とうせんじんじゃ)は兵庫県神戸市北区の有馬温泉郷にある神社である。「おんせんじんじゃ」と読まれることもあり、温泉神社とも表記される。式内社で、旧社格は郷社。大己貴命と少彦名命を主祭神とし、熊野久須美命を配祀する。

大己貴命と少彦名命が赤い湯に浸かって脚の傷を癒していた三羽の烏をみて有馬温泉を発見したという故事より、この二柱の神を主祭神として拝殿に三羽の鳥を彫刻する。そして1191年に始まる仁西による有馬温泉再興の時代より奉られた副祭神の熊野久須美命とともに「鎮護三神」と呼ばれる。

日本書紀に舒明天皇・孝徳天皇・白河法皇らの参拝が記録されていること、平安時代初期の延喜式神名帳492大社の一つに列せられていること等から、往時の格式の高さをうかがうことができる。

以前は愛宕山麓の温泉寺境内に御社殿(江戸時代中期・寛政10年築)があったが、明治18年(1885年)に現在地である愛宕山中腹に移建された。温泉寺本堂前に、鳥居と社殿へ続く石段がある。

住所 兵庫県神戸市北区有馬町

法華寺

法華寺は兵庫県豊岡市の日蓮宗の寺院。通称「赤花鬼子母神」。身延山久遠寺を総本山とする。縁結びのご利益があるとされています。

鬼子母神は子授け、子育て、安産の神様として崇拝されていてる。「法華経」の中に登場する神様で、1000人の子供を生み育てた。しかし、自分の子供を愛する代わりに、他人の子はさらっていって殺してしまった。これを見たお釈迦様は、懲らしめるために彼女の子供の1人を隠してした。鬼子母神は最愛の子が消えてしまったのを知り、狂ったように探すが見つからず、仕方なくお釈迦様に助けを求めると、お釈迦様は「1000人の子供の内、たった1人いなくなっただけで、嘆き悲しんでいる。子供をおまえにさらわれた親の悲しみはどれほどかわかるか」と訊ねまた。鬼子母神は、お釈迦様の教えを受け、以後改心して全ての子供たちとお釈迦様の教え、またお釈迦様の教えを信じる全ての人たちを守ることを誓った。これ以降、鬼子母神は鬼ではなく、仏教と子供の守り神となった。

鬼子母神大祭が、毎年4月第3土・日曜日の2日間に行われる。

住所 兵庫県豊岡市但東町赤花398

播州清水寺

清水寺(きよみずでら)は兵庫県加東市(旧加東郡社町)にある天台宗の寺院。山号は御嶽山。本尊は十一面観世音菩薩で秘仏となっている。縁結び・産業繁栄・厄払いにご利益があるとされています。

西国三十三箇所第25番札所。同じ西国三十三箇所の第16番札所である京都市の音羽山清水寺と区別するため播州清水寺とも呼ばれる。

寺伝では1,800年前(古墳時代)、天竺(古代インド)僧の法道が創建したとされ、推古天皇35年(627年) に推古天皇直々に根本中堂を建立。さらに神亀2年(725年) 聖武天皇が行基に命じて講堂を建立したと伝える。

朝鮮半島から日本へ仏教が伝来したのは6世紀のことであり、「1,800年前に法道が創建」との伝承は後世の付託である。法道は天竺から紫の雲に乗って日本へ渡来したとされる伝説上の人物である。法道開基を伝える寺院は兵庫県南部に集中していることから、「天竺から紫の雲に乗って」云々はともかくとして、その由来につながる仏教者がこの地に存在したことは想定される。

住所 兵庫県加東市平木1194

氷室神社

氷室神社(ひむろじんじゃ)は兵庫県神戸市兵庫区氷室町に鎮座する神社。恋愛運アップにご利益があるとされています。

平清盛が福原遷都の際、兵庫七弁天の一社として市杵島比売を奉斎した。平教盛がここに別邸を建て、後白河法皇を幽閉した場所であった。

住所 兵庫県神戸市兵庫区氷室町2-15-1

三川山

三川山は兵庫県香美町の山。日本海から10kmほど内陸にある。但馬妙見山から続く但馬中央山脈の北端にあり、シャクナゲで有名。開運・勝負運にご利益があるとされています。

三川権現は修験道の開祖、役行者(えんのぎょうじゃ)が天武3年(674)に蔵王権現を勧請して開いた三川権現がある。古来より山岳修験の行場として栄え、日本三大権現の一つと言われる。今日5月3日は年一度の大祭で護摩供養が行われる。

住所 兵庫県香美町三川

大龍寺

大龍寺( たいりゅうじ)は、兵庫県神戸市中央区再度山町にある仏教寺院。山号は再度山(ふたたびさん)。東寺真言宗別格本山。通称、中風除けの寺。大願成就・隆魔厄除などにご利益があるとされています。

寺伝によれば、神護景雲2年(768年)、和気清麻呂によって再度山(摩尼山)山頂近くの南斜面に開かれたとされる。山号は空海が大輪田泊から唐に渡る直前と帰国直後の2度、当寺に参詣したことに由来するという。奥の院には空海作と伝わる「亀の岩」があり、空海が登山した道は大師道と呼ばれ、空海の修行地である現在の再度山公園には修法ヶ原の地名が残る。

住所 兵庫県神戸市中央区再度山1

有子山稲荷神社

有子山稲荷神社(ありこやまいなりじんじゃ)は兵庫県豊岡市にある稲荷神社。城山稲荷とも呼ばれる。

出石城最上段の本丸のさらに一段高い場所にある曲輪稲荷郭に1604年の築城時から現在地に鎮座する城の鎮守である。 城郭内にありながら、江戸時代から身分を問わず参詣が許可されていた。 城の麓から始まる石段の参道には、37基の鳥居が並び、157段上った右手に稲荷郭があり、その奥に社殿がある。

この稲荷郭からは出石の町並みを一望できるので、多くの人が訪れる。 石段をさらに登ると有子山城跡に至る。

住所 兵庫県豊岡市出石町内町

裸石神社

裸石神社(らせきじんじゃ)は兵庫県神戸市西区神出町東1179番の神社。彦石という男性を形どった大きな右が御神体。初めは本殿もなく、周囲に石の玉垣を廻らしていたが、大正初期に本殿が建てられた。近くに姫石がある。社殿はなく、大きな自然石数個でできている。中央に誕生石とという、上面が平らでひときわ大きな石があり、この石の上で神が生まれたと伝えられる。

「清瀬の井」を、産湯の井ともいい、神誕生の時、この井の水を産湯に使ったという。浅い井であるが水の干れることなく、この水で入浴すれば、病気に罹かることなく、福智を授かるといわれる。

住所 兵庫県神戸市西区神出町東1179

斑鳩寺

斑鳩寺(いかるがでら)は、兵庫県揖保郡太子町 (兵庫県) 太子町鵤(”いかるが”)にある寺院。新西国三十三箇所第32番札所。天台宗。斑鳩寺と書いて「はんきゅうじ」と呼ぶ事もある。

606年(推古天皇14年)、聖徳太子が推古天皇から播磨国揖保郡の土地360町歩を賜り、大和国斑鳩宮から移住し当地を斑鳩荘と命名、伽藍を建立した、とされ、これを斑鳩寺の始まりと伝える。永らく大寺院であったが、室町時代後期の1541年(天文 (元号) 天文10年)、守護大名である赤松氏・山名氏の戦禍を受け、灰燼に帰した。後に、播磨を地盤とする赤松氏等が発願し、徐々に復興していったとされる。また復興を機に、従来法隆寺支院であったのを天台宗へ改めた。

住所 兵庫県揖保郡太子町鵤709

花山院菩提寺

花山院菩提寺は兵庫県三田市尼寺にある真言宗花山院派の寺院。本尊は薬師瑠璃光如来、開基は法道仙人と伝えられる。

正暦3年(992年)頃、三十三の観音霊場を巡礼した花山法皇が、播磨清水寺に登った際に東方の山上が光り輝くのを見て訪ねて隠棲の地とし、その後晩年に帰京するまでの約14年間を過ごしたとされる。これに因んで元は紫雲山観音寺の名であった当山は東光山と呼ばれるようになったと言う。

当山を含む麓の集落は尼寺(にんじ)と呼ばれるが、これは法皇付きの女官11名が法皇寵愛の弘徽殿の女御の位牌を奉じて訪ねて来たものの、女人禁制故に登山を許されなかった為、尼となって麓に住み着いたことに因む。 集落内には十二尼妃の墓と伝わる大小12基の墓(中央の大きい墓が弘徽殿の女御のものとされる)が存在する。

11世紀には多田荘を本拠とした多田源氏が帰依し、山内に堂塔が立ち並んで勢威を示したが、後の雷火で焼失した。現在は山内から出土する礎石群が当時を偲ばせる。

住所 兵庫県三田市尼寺352

芦屋神社

芦屋神社(あしやじんじゃ)は、兵庫県芦屋市に鎮座する神社である。御祭神である天穂日命(アメノホヒノミコト)は縁結びの神として崇敬を集めている。五穀豊穣・厄払い・交通安全・勝運上昇・学問上達・安産祈願などにご利益があるとされています。

芦屋神社の主祭神の天穂日命は天照大神と須佐之男命が誓約した時に生まれた第二子とされる神である。出雲の国譲りの際、先遣隊として派遣され、現在の六甲山の頂上にある磐座に降臨したと伝えられ、そこから出雲へ向かったという。磐座の付近には六甲山の山名の由来ともなったと考えられる六甲比命神社の磐座があり、天穂日命との関連が考えられる。後に天穂日命を崇敬する人々がその山深い険しい場所から現在の場所に社地を遷し、社を建て下の宮として祭祀したのが創始とされる。天穂日命が縁結びの神とされることから神前結婚式が執り行われている。

神社の西側に鎮座する水神社は古墳時代(7世紀)後期の横穴式石室墳である。神社の飛地境内地である「弁天岩」上の祠に祀られていた「水の神」を祀ってある。また、鎌倉時代の建立とされている猿丸大夫の墓と伝えられる宝塔がある。明治時代には神社合祀令によって芦屋の村々に点在していた数々の鎮守の社の神々が当社に合祀されている。

古くは「天神社」と呼ばれていたが、その「天神」は天の神のことを表し、神社末社に祀られている菅原道真の「天神」とは異なる。現在の社殿は1930年(昭和5年)に造営されたものである。社殿が建てられた後、周囲には別荘が建ち始め、豪華な高級住宅街の中に芦屋神社が鎮座する形となっている。

境内には原木に近いとされるオガタマの木や樹齢200〜300年と伝えられるヤマモモの木、市花でもあるコバノミツバツツジがある。古くから天神山のツツジとして親しまれ、阪神間屈指の名勝地で早くから阪神六景の一つにも選ばれたことがある。秋には紅葉も見られる。

住所 兵庫県芦屋市東芦屋町20番3号

六甲比命大善神社

六甲比命大善神社(ろっこうひめだいぜんじんじゃ)は、兵庫県神戸市灘区六甲山町にある神社。御祭神は六甲比命大善神。

六甲山頂尾根付近に位置し、近くには六甲山カンツリーハウス敷地内に天穂日命の磐座もある。仰臥岩、雲が岩、心経岩の中間地点に位置する壮大な磐座が御神体。瀬織津姫の墓と呼ばれている巨石である。

雲ヶ岩は、もとは紫雲賀岩と呼ばれており、法道仙人がこの地で修行中、紫雲に乗った毘沙門天が、この岩の上にあらわれたと伝えられる。心経岩は法道仙人の時代に般若心経が彫られたいるが、もともとの岩が長い年月で流失、現在のものは大正5年に再建された。

7世紀にインドから渡来した法道仙人が創建した神戸市北区唐櫃の吉祥院多聞寺の奥の院となっている。役行者の縁者、四鬼家が奈良の天川村の洞川より唐櫃に移住して、西六甲の山を管理していた。現在は六甲比命講によって管理され、秋には護摩供養が催されている。

住所 兵庫県神戸市灘区六甲山町

岩戸神社

岩戸神社は兵庫県洲本市(淡路島)にある神社。淡路富士とも呼ばれている先山の頂上付近に位置し、高さ約8mの巨石を御神体とする。御祭神は天照大神(あまてらすおおみかみ)。

先山は、イザナギ、イザナミが淡路島を造った時に、一番先に造った山であるため、先山と呼ばれているという言い伝えもある。

住所 兵庫県洲本市上内膳

八王子神社

八王子神社は兵庫県洲本市(淡路島)の三熊山にある神社。洲本城跡の横に鎮座し、さざれ石の巨石を御神体とする。大永6年(1526)、安宅隠岐守治興が、洲本城を構築の際勧進。炬口の戎神社とともに洲本城の鎮守の神社である。

近くには十二支神社、古くから中座に伝わる狸の話が発端となった「芝右衛門狸の祠」がある。藤山寛美さんら松竹新喜劇や片岡仁左衛門さんら役者さんの寄進で、昭和39年9月に建てられた。

住所 兵庫県洲本市小路谷

多田神社

多田神社(ただじんじゃ)は兵庫県川西市にある神社。多田院として国の史跡に指定されている。家内安全、厄除け、会社繁栄、合格祈願、勝運、厄除け、学業成就、商売繁盛などのご利益があるとされています。

住所 兵庫県川西市多田院多田所町1-1

弘天さん

弘天さんは兵庫県神戸市須磨区の須磨寺前商店街にある石の五角形のくぐり輪。後方にはお社がある。学業成就のご利益があるとされています。

お社の中には、弘法大師7才、菅原道真公5才の時の立像が須磨寺ゆかりの仏師山高龍雲先生により彫られた彫刻物が収められている。

五角形は合格につながり、「弘天さん」のお名前は、弘法大師と「弘」と天神さんの「天」からつけられ、物事が「好転」するという意味も含まれている。

住所 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町1丁目

多田銀山

多田銀山(ただぎんざん)は旧摂津国、現在の兵庫県川西市、猪名川町および大阪府池田市の広範囲にわたり坑道が開堀されてきた銀山である。

主な鉱石は黄銅鉱、斑銅鉱、方鉛鉱、輝銀鉱および自然銀であり、鉱脈の成因は熱水鉱床である。昭和48年(1973年)に閉山した。現在でも坑道跡などを見ることができる。

住所 兵庫県川辺郡猪名川町銀山

曽根天満宮

曽根天満宮(そねてんまんぐう)は、兵庫県高砂市にある天満宮。秋祭りや天然記念物であった曽根の松で知られる。

創建年代は不詳であるが、社伝では延喜元年(901年)菅原道真が大宰府に左遷される途上に伊保の港から上陸し、「我に罪なくば栄えよ」と松を手植えした。後に播磨国に流罪となった子の菅原淳茂が創建したものと伝えている。江戸時代には江戸幕府から朱印状も与えられていた。

道真が手植えしたとされる松は霊松「曽根の松」と称された。初代は寛政10年(1798年)に枯死したとされる。1700年代初期に地元の庄屋が作らせた約10分の1の模型が保存されており、往時の様子を知ることができる。天明年間に手植えの松から実生した二代目の松は、大正13年(1924年)に国の天然記念物に指定されたが、昭和27年(1952年)に枯死した。現在は五代目である。枯死した松の幹が霊松殿に保存されている。

住所 兵庫県高砂市曽根町2286

松原八幡神社

松原八幡神社(まつばらはちまんじんじゃ)は、兵庫県姫路市にある神社(八幡宮)。秋季例大祭は灘のけんか祭りの通称で知られる。

灘のけんか祭り(なだのけんかまつり)は、毎年10月14日・15日に行われる。一の丸、二の丸、三の丸からなる3基の神輿をぶつけ合わせる神事と、旧7ヶ村の絢爛豪華な屋台が激しく練り競う勇壮な屋台練りが行われる。

「松原八幡神社秋季例祭風流」として、姫路市と兵庫県の重要無形民俗文化財に指定されている。また、旧松原村の獅子屋台の太鼓の音は「日本の音風景100選」に選ばれた。

住所 兵庫県姫路市白浜町甲399

宝塚神社

宝塚神社(たからづかじんじゃ)は兵庫県宝塚市にある神社である。御祭神は素盞嗚尊、大山咋命。東斜面の高台にあり、境内からは大阪市街や生駒山地まで望めることから初日の出の名所としても知られる。金運UPや縁結び・子授けなどにご利益があるとされています。

隣接の平林寺が聖徳太子開基とされ、同時期の創建とも思われるが不詳。行者山などが連なる山脈の端に位置し、山岳修験道から当地に白山権現を祀り、白山権現社と号していた。武庫郡小林村の村社であった牛頭天王社の「東氏神」に対して、「西氏神」と呼ばれた。

明治初期の廃仏毀釈により「日吉神社」へ改称、明治41年(1908年)には天神社・愛宕社を神社合祀する。昭和41年(1966年)に「東氏神」の素盞嗚神社(宝塚市小林、旧牛頭天王社)を合祀し、宝塚神社へ改称。

境内に夫婦和合・子授けの石がある。石柱(男根)の形をしたした石は、1646年に男児出産お礼に寄進されたものだという。また女石の形もハート型という珍しい形をしており、子授け、夫婦和合の象徴として信仰を集めている。

住所 兵庫県宝塚市社町4-8

粟鹿神社

粟鹿神社(あわがじんじゃ)は、兵庫県朝来市にある神社。但馬国一宮。但馬五社の一つ。家内安全、五穀豊穣のご利益があるとされています

但馬国随一の古社であり、2000年以上の歴史があるとも言われる。杜の奥には、かつて神を宿した山として信仰されていた粟鹿山(標高962m)がそびえている。

住所 兵庫県朝来市山東町粟鹿2152

金鳥山

金鳥山は兵庫県神戸市の山。保久良神社が鎮座する。1949年に、物理学者の楢崎皐月氏が先史時代の日本に存在したとされる文明カタカムナ文明を示す「カタカムナ文献」を再発見したという。奇跡の椿がパワースポットだという。厄除け、厄払いのご利益があるとされています

住所 兵庫県神戸市東灘区本山町北畑

有馬稲荷神社

有馬稲荷神社は兵庫県神戸市北区にある神社。

舒明天皇・孝徳天皇が有馬温泉に行幸された折に有馬行宮が造営され、その守護神として祀られたことに始まる。射場山の中腹に位置し、こぶしの花が有名。

住所 兵庫県神戸市北区有馬町1745

法華山一乗寺

一乗寺(いちじょうじ)は、兵庫県加西市にある天台宗の寺院。西国三十三箇所第26番札所である。山号は法華山、本尊は聖観音である。

寺伝では孝徳天皇の勅願で650年に創建、開基(創立者)は法道仙人とされる。国宝に指定されている三重塔は1171年の建立で、日本国内屈指の古塔である。境内は山深く、春は桜、秋は紅葉の名所としても知られている。

一乗寺の開基とされる法道仙人は、天竺(インド)から紫の雲に乗って飛来したとされる伝説的人物である。法道はインドに住んでいたが、紫の雲に乗って中国、百済を経て日本へ飛来、播州印南郡(兵庫県加西市)に八葉蓮華(8枚の花弁をもつハスの花)の形をした霊山を見出したので、そこへ降り立ち、法華経の霊山という意味で「法華山」と号したという。付近は心霊スポットとして話題になることがある。

住所 兵庫県加西市坂本町821-17

伊勢久留麻神社

伊勢久留麻神社(いせくるまじんじゃ)は兵庫県淡路市久留麻にある神社。創祀年代は不詳。社伝によると敏達天皇の御代に伊勢国奄藝郡久留眞神社を勧請したという。商売繁盛・豊漁大漁・五穀豊穣・安産祈願・合格祈願・病気平癒・福寿福徳・開運招福・除災来福などにご利益があるとされています。

御祭神は大日孁貴尊(おおひるめのむちのかみ)。別名、来馬大明神。あるいは、伊勢明神。一説には、祭神は大己貴命。あるいは若比留女尊などの異説もある。

奈良の箸墓古墳を中心に伊勢神宮と東西対称に位置し、「西のお伊勢さん」とも呼ばれる。伊勢神島、伊勢斎宮跡、三輪山、室生寺、長谷寺、石上神社などとともに「太陽の道」とされる北緯34度32分にあり、古代の太陽信仰の拠点の一つとされてる。

住所 兵庫県淡路市久留麻2033-2

高源寺

高源寺は、兵庫県丹波市の寺院。中国杭州で修行した僧・遠谿が後醍醐天皇より号を得て開山。

苔むした石段が続き、本堂や三重塔には威厳が漂う。天目楓の全山黄葉は見事。精進料理(予約制)が味わえる。秋には丹波紅葉三山の一つ・数百本の天目楓の紅葉が鮮やかである。境内の丹丘荘では住職手作りの精進料理が好評。

住所 兵庫県丹波市青垣町桧倉514

温泉寺

温泉寺(おんせんじ)は兵庫県神戸市北区にある黄檗宗の仏教寺院。山号は有馬山。本尊は薬師如来。宗派はもとは真言宗であった。正式名は有馬山温泉禅寺。

住所 兵庫県神戸市北区有馬町1643

伽耶院

伽耶院(がやいん)は兵庫県三木市にある天台系修験道の寺院。山号は大谷山(おおたにさん)。宗派は本山修験宗。本尊は毘沙門天。山伏の寺として知られる。

住所 兵庫県三木市志染町大谷410

戸神社

戸神社(とのじんじゃ、へじんじゃ、へのじんじゃ)は、兵庫県豊岡市の神社。境内には樹齢百年以上の巨木が聳える。獣を忌む習慣があり、太鼓や皮沓などを用いないという。

住所 兵庫県豊岡市日高町十戸

多井畑厄除八幡宮

多井畑厄除八幡宮(たいのはたやくよけはちまんぐう)とは、兵庫県神戸市須磨区多井畑字宮脇に鎮座する神社。通称、多井畑厄神。鎮座地は、神護景雲4年(770年)、疫病を除くために朝廷が畿内10ヶ所で厄神祓を行った地のひとつであるという。安元年間、この地に石清水八幡宮を勧請し、神社を創建したことに始まる。摂津国と播磨国の国境に位置しており、畿内を厄災から守る意味合いがある。厄除けの霊験で知られる。厄除けのご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市須磨区多井畑宮ノ脇1

徳井神社

徳井神社(とくいじんじゃ)県神戸市灘区の神社。交通の守護神として猿田彦命が祀られている。この宮の箒を借りてきて腹をなで安産祈願をすると霊験があるとも云われている。厄除開運・縁結び・安産・家内安全・交通安全などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市灘区大和町4丁目5-5

柿本神社

柿本神社は兵庫県明石市人丸町にある神社。人丸山の頂上に鎮座するが、山名も当神社に因むものである。旧社格は県社。旧くは「人丸神社」と称し、地元では「人丸さん」とも呼ばれる。柿本大明神とも称される柿本人麿朝臣を祀る。社伝によれば、仁和3年(887年)に明石の岡(赤松山とも。現県立明石公園)にあった楊柳寺(後の月照寺)の覚証という住僧が夢中に柿本人麿の神霊がこの地に留まっているのを感得し、寺の裏の古塚がその塚であることが判明したために塚上に人麿を祀る祠を建てて寺の鎮守としたことに創まるという。境内には、婦人がその実を懐中すれば安産が保証されるという「神木筆柿」、盲人が神験によって眼が開いたことにちなむ「盲杖桜」、延命長寿の水「亀の水(亀齢水)」などがある。安産、合格祈願などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県明石市人丸町1-26

猪名野神社

猪名野神社(いなのじんじゃ)は、兵庫県伊丹市に鎮座する神社。猪名野坐大神(素盞嗚尊)を主祭神とし、誉田別尊ほか4柱を配祀する。 商売繁盛・家内安全などのご利益があるとされています。

住所 兵庫県伊丹市宮ノ前3丁目6-1

白国神社

白国神社 (しらくにじんじゃ)は、兵庫県姫路市白国の神社。景行天皇の皇子が、大和から当地(白國)へ下向された時に宮殿を構えて統治された。孫の阿曾武命の妃が出産のおり大変苦しまれ、白幣を山の峰に立て一心に、安産を祈願されたところ、妃が無事男児を出産し、その神徳に感謝して倉谷山の麓に白國神社を創立したと伝えられている。安産祈願にご利益があるとされています。

住所 兵庫県姫路市白国5-15-1

朝光寺

朝光寺(ちょうこうじ)は兵庫県加東市にある仏教寺院。山号を鹿野山(ろくやさん)と称する。宗派は高野山真言宗、本尊は2躯の十一面千手千眼観世音菩薩立像である。縁結び・恋愛成就 · 商売繁盛 · 除災厄除 · 芸能上達などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県加東市畑609

日吉神社

日吉神社は兵庫県神崎郡神河町の神社。大汝命と少比古尼命が市川沿いに我慢くらべをして歩き、少比古尼命が桶の赤土を放り投げたのが日吉神社の地といわれている。粘土質の多い赤土が岡をなし、埴岡の由来になったという。神社裏の大岩に注連縄が張られている。商売繁盛・安産祈願などにご利益があるとされています。

この大沙命、少比古尼命に加え、後の時代に疫病治癒のため滋賀から勧請された大山咋神を祀る。秋祭りのとんぼ道中で知られる。

とんぼ道中は昭和10年頃から始まったもので、もともとは祭りの屋台の担ぎ手の弁当を長持ちで屋台の後ろから運んでいたのが、秋祭りを盛り上げようと、花嫁に扮した男性を長持ちに乗せて道中するようになった。担ぎ手も色々な化粧をして沿道の見物者を楽しませる。現在は、寺前・鍛治・上岩の3集落がとんぼ道中を行っている。

住所 兵庫県神崎郡神河町比延

如意寺

如意寺(にょいじ)は兵庫県神戸市西区にある天台宗の仏教寺院。山号は比金山(ひきんさん)。本尊は地蔵菩薩。

住所 兵庫県神戸市西区櫨谷町谷口259

能福寺

宝積山 能福寺(ほうしゃくざん のうふくじ)は兵庫県神戸市兵庫区にある天台宗の仏教寺院。本尊は最澄作の秘仏・薬師如来。新西国二十三番霊場。学業成就にご利益があるとされています。

805年に伝教大師・最澄により能福護国密寺として創建された、日本最初の密教教化霊場である。平清盛所縁の寺としても知られ、1180年には福原京遷都にともなって平家一門の祈願寺に定められたことで、大伽藍が建設され大いに栄えた。その後、1341年に兵火で七堂伽藍全てを焼失したが、1599年に長盛法印が再興したという伝がある。

境内には大仏が鎮座する。胎蔵界大日如来像(毘慮舎那仏)で、像重量約60t、像高11m、蓮台と台座を含めると高さ18mになる巨大な坐像である。

住所 兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39

念佛宗三寶山無量壽寺

念佛宗三寶山無量壽寺(念仏宗三宝山無量寿寺、ねんぶつしゅうさんぽうざんむりょうじゅじ)は、仏教系浄土門の単立宗教法人である。超巨大寺院として知られる。

工期は7年を要し、延べ350万人の力を結集したという。本堂は高さ51.5m桁行67.9m梁間58.2m上段は建築史上類例のない六手先総詰組様式、鬼瓦は高さ9m(ギネス認定済み)。山門には中国の人間国宝が作った阿吽の仁王像が置かれている。参拝は完全予約制。

住所 兵庫県加東市上三草

六甲山神社

六甲山神社(むこやまじんじゃ)は兵庫県西宮市山口町、六甲山最高峰から東へ1km程隔たった標高840mの見晴らしのよい峰に鎮座する神社(廣田神社の境外末社)。祭神から白山の宮(しらやまのみや)とも称される。石の宝殿と呼ばれる大きな石祠(六甲山石宝殿と称される)があることで著名。

御祭神は加賀国白山の白山比咩神社に同じ菊理媛命を祀る。六甲山神社境内の石製の神殿の奥に六甲山大権現が祀られており、これが神社名由来の古くからの本来の主祭神と考えられる。六甲山石の宝殿が「広西両宮絵図」に西宮鎮守とあること、六甲山全域がかつての廣田神社の社領であったこと、六甲山がかつては向津峰(ムカツミネ)と呼ばれていたことから、廣田神社祭神、撞賢木厳魂天疏向津媛命(ツキサカキイズノミタマアマサガルムカツヒメノミコト)の奥宮としてとらえられる。

六甲山は山伏や天狗に関する多くの伝説があり、昔は山中には88の社があってそれらの中心である石の宝殿から神々が四方の高山へ修行へ出たと伝えられるが、山岳信仰により中世に白山修験の山伏が開いた修験道の霊山であったと考えられ、社殿には白山の古文書が伝えられている。

古来より雨乞いの場として利用され、日照りが続くと山麓の村々の農民が般若心経と雨乞いの呪文を唱えた。石の宝殿は船坂川、仁川、芦屋川、住吉川などの分水嶺上にあり、神戸市東灘区から西宮、宝塚、さらに北神地区の唐櫃(神戸市北区)に至るまでの地域はもとより、摂津国外からも雨乞いに来たと古文書にはある。

東灘の小路村では旱魃の夏に村人がここに一晩こもって般若心経と雨乞いの呪文を唱えたが、夜が明けても雨が降らなかったために、沢蟹を捕まえて来て宝殿に投げつけて帰ったところ神の怒りで雨が降ったという。隣の田辺村では参籠をしても降雨がないと雨蛙を2匹石祠に擦り潰して帰ったと伝えられる。

現在でも水不足の折には周辺各市の水道関係者が、ここで行者に雨乞いの祈祷を頼む。また、祠脇の縁起書には「水商売繁盛の神」と説かれている。

住所 兵庫県西宮市山口町船坂

宗佐厄神八幡神社

宗佐厄神八幡神社(そうさやくじんはちまんじんじゃ)は兵庫県加古川市にある神社。正式名称は八幡神社。通称は宗佐の厄神さん。厄除の大神として広く知られる。旧社格は郷社。厄除のご利益があるとされています。

住所 兵庫県加古川市八幡町野村580

岩楠神社

岩楠神社(いわくすじんじゃ)は兵庫県淡路市(淡路島)にある神社。伊弉諾(いざなぎ)、伊弉冉(いざなみ)および二柱の神の間に最初に生まれた蛭子命(ひるこのみこと)を祀る。子孫繁栄、夫婦円満、延命長寿などにご利益があるとされています。

淡路島の北端、岩屋港の向かいの恵比須神社(戎神社、えびすじんじゃ)奥に位置する。岩屋城跡がある城山の崖下の洞窟に祀られている。

蛭子命はイザナギとイザナミの間に最初に生まれた子であったが、婚姻の際、イザナミが先に声をかけたのが原因で、満足のゆく子にならなかったため、葦舟に乗せて流されてしまったと伝えられる。蛭子命と2番目に生まれたアワシマは、2神の子には数えないとされている。後に蛭子神は、恵比寿(戎、えびす)と同一視され、信仰の対象となった。

地元では、この洞窟はイザナギ尊のかくれられた幽宮(かくりのみや)であるとも伝えられている。洞窟には、古の祭壇の趾があり、現在でも祭器や御神体等の古びた物の納受場所になっている。

住所 兵庫県淡路市岩屋

砥峰高原

砥峰高原(とのみねこうげん)は兵庫県神崎郡神河町にある高原。山野草の宝庫、ススキの大群生地として知られている。

雪彦峰山県立自然公園に属する、標高800~900mに位置する面積約90ヘクタールの草原。 緩やかな起伏が連続する周氷河地形の一種の化石周氷河斜面と呼ばれる地形で、秋は草原一面が銀色の絨毯となる日本有数のススキの大群生地である。また湿原(砥峰高原湿地帯)では、多くの高山植物を観ることができる。

近代以前は茅葺屋根材の茅の伐採地であり、その環境を維持する為に毎年雪解けの時期に山焼きが行われてきた。それによってススキの大草原が現出した。茅を伐採しなくなった現在もススキの大草原を維持することを目的とした山焼きが毎年4月に行われている。2010年公開の村上春樹原作の映画「ノルウェイの森」の主要な撮影地となった。

住所 兵庫県神崎郡神河町川上

本興寺

本興寺(ほんこうじ)は、兵庫県尼崎市寺町地域(現在の行政区画では開明町)にある法華宗本門流の大本山。京都の本能寺と並ぶ大本山である。開運厄除などにご利益があるとされています。

住所 兵庫県尼崎市開明町3-13

若狭野天満神社

若狭野天満神社(わかさのてんまんじんじゃ)は、兵庫県相生市の神社。「あじさい神社」として親しまれる。厄祓いや車祓いにご利益があるとされています。

学問の神様である「菅原道真公」、天照大神の御子である「天忍穂耳命(あめのおしほみみのみこと)」の二神が祀る。

境内に咲く紫陽花の花が持つという魔除け・厄除けの御力により、厄除け・魔除けに強い神社として知られる。紫陽花の花を乾燥させた「魔除けあじさい」という御守りが売られている。

住所 兵庫県相生市若狭野町野々1190

柏原八幡神社

柏原八幡神社(かいばらはちまんじんじゃ)は兵庫県丹波市柏原(かいばら)町にある神社。厄除け、家内安全、災難除、勝負事にご利益があるとされています。

住所 兵庫県丹波市柏原町柏原八幡山400-1

小田井縣神社

小田井縣神社(おだいあがたじんじゃ)は、兵庫県豊岡市の神社。御祭神は國作大己貴命。豊岡三氏神の一つで、豊岡市産業の守護神。但馬国五社大明神の一社。

住所 兵庫県豊岡市小田井町15-6

小浜の首地蔵

小浜の首地蔵は兵庫県宝塚市にある首から上だけの二体の地蔵尊。顔は長さ約1m、耳だけでも60cmほどで、屋根もなく野ざらしになっている。、首から上の病気にご利益があるとされています。

元々すぐ坂の下の墓処の藪のなかにあったものを、地元の人がこの高台に運び、御堂を建てて中に安置しようとしたところ、その大工が病気になった。「これは家に入るのをお嫌いになるのであろう」ということで、雨晒しになったと伝えられている。

また一説によると、小浜がまだ武庫の海の入江だったころ、漁師が夢のお告げをうけ、浜辺の砂に埋もれていた地蔵尊を見付けこの高台にお祀りしたという。

さらに或る説では、伊丹の殿様が、夢のお告げに現れた地蔵尊に願をかけ持病の頭痛を治していただいた御礼にこの首地蔵を刻み、地蔵尊の示した小浜の高台にお祀りしたものとか、武庫川の上流から洪水の際に、見佐村の河原に流れ着いたとか色々な説がある。

首から上の病気に霊験あらたかだといわれ、8月23日・24日の例祭には延智院に入り切れぬほどの信者が集まるという。近年では「頭が良くなる」と受験生がお参りしている姿も見られる。

地蔵は新旧二体が祀られているが、昭和50年11月に拝堂が燃えその火炎で旧地蔵のお顔が欠けたことから、その後近隣の人々によって新しい御影石の地蔵尊が安置されたという。

住所 兵庫県宝塚市小浜5-1-3

岡太神社

岡太神社(おかたじんじゃ)は兵庫県西宮市小松南町に鎮座する神社。武庫郡の式内社。御祭神は天御中主大神。相殿に高皇産霊神・素盞嗚神・稲田姫神・大己貴神・蘇民将来を祀る。五穀豊穣・商売繁盛、病気平癒、歯痛封じにご利益があるとされています。

社伝に、宇多天皇寛平5年(893年)武庫郡広田の人岡司新五氏がこの地を開発して浜村と称し、延喜元年(901年)広田明神を祀り五穀豊穣を得たという。

鳥居の前に二体の猪像がある。毎年1月9日に西宮神社の恵比須大神が小松庄の押照宮(岡太神社)を訪れ、高潮や洪水などの災害を未然に防ぎ、五穀豊穣をもたらす「静止(しし)打ち神事」をされると伝えられており、近在の人はこの神事の妨げにならないように斎籠する風習があった。その「静止(しし)」と同じ音の「猪(しし)」をかけて、猪の像が安置されているという。

住所 兵庫県西宮市小松南町2-2-8

和田神社

和田神社(わだみや)とは兵庫県神戸市兵庫区にある神社。和田宮ともいう。御祭神は天御中主大神、市杵嶋姫大神、蛭子大神。金運にご利益があるとされています。

太古の昔、蛭子大神が淡路島から船で本州に到着したところを「蛭子の森」という。蛭子の森は、現在の神社より西南約800mのところで、元々の神社の場所である。平清盛が承安3年(1173年)、市杵嶋姫大神を勧請した。万治元年(1658年)、天御中主大神の坐す神輿が流れ着き、種々の神異をあらわし、それを知った当時の尼崎城主が天御中主大神を主神にして社殿を造営し、和田の明神というようになった。明治34年(1902年)、造船所の建設のため現在地に神社が移転された。

和田神社の狛犬は足に布が巻きつけられている。この狛犬は「受験のすべり止め」「愛を止めておく」「家出人の足止め」「これ以上不幸にならないよう不幸を止める」など、「止める」御利益があるという。社務所でお祓いをした布を授かり、狛犬の足に結び祈願する。

住所 兵庫県神戸市兵庫区和田宮通3丁目2-51

ポルチェリーノ

ポルチェリーノは神戸市中央区のポルチェリーノカフェ前にある幸運を招くと言われる猪の像。

ポルチェリーノのオリジナルは、イタリアの著名な彫刻家ピエトロ・タッカ氏によるもので、フィレンツェのメルカートヌオヴォ広場(新市場)に1612年以来飾られている。鼻の頭をなでると幸運を招くと言われ、世界中にレプリカがある。

住所 兵庫県神戸市中央区北長狭通

綱敷天満宮

綱敷天満宮(つなしきてんまんぐう)は、兵庫県神戸市須磨区にある神社(天満宮)である。御祭神は菅原道真。学業成就にご利益があるとされています。

979年(天元2年)この付近の住民が菅原道真の分霊を祀ったことに始まるという。他の綱敷天満宮と同様、菅原道真が大宰府への左遷の途上で立ち寄り、その際に里人が綱で円座を作ったという伝承を持つ。

なすのこしかけ

「なすのこしかけ」という茄子の形をした腰掛がある。これに腰掛け、本殿に向かって願いごとをすれば願いが叶うという。なすの花は、ひとつの無駄もなく実を結び、また「なす」は「成す」に通じることから、努力が報われ願いが叶えられるという縁起があるという。

住所 兵庫県神戸市須磨区天神町2-1-11

門戸厄神東光寺

門戸厄神東光寺(もんどやくじんとうこうじ)は、兵庫県西宮市門戸西町にある寺。高野山真言宗別格本山。正式名は松泰山東光寺。「西国薬師霊場第20番」「西国愛染17霊場第2番」「摂津国八十八箇所第76番」。日本三大厄神のうちの一つ。厄除け・開運にご利益があるとされています。

あらゆる災厄を打ち払うという厄神明王(門戸厄神)が有名で、厄年にあたる年齢の人が厄払いをするほか、十三詣(じゅうさんまいり)といい、数えで13歳の子どもが厄除けと学業成就を願って虚空蔵菩薩に詣でる。初宮参り、交通安全祈願、護摩祈祷、人形供養も受け付ける。

毎年1月18・19日に厄除大祭が、2月3日に星祭が行なわれる。特に厄除大祭では数多くの屋台が出店され、何万人もの参拝者で賑わいを見せる。

寺伝によれば、嵯峨天皇の41歳の厄年にあたる天長6年(829年)、空海(弘法大師)により厄除祈願が行われた。その際嵯峨天皇は愛染明王と不動明王が一体となって厄神明王となりあらゆる厄を打ち払うという霊感を得、空海に祈願を命じた。 空海は愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王像(両頭愛染明王像)を三体刻み、高野山の天野大社、山城の石清水八幡宮、門戸東光寺へそれぞれ国家安泰、皇家安泰、国民安泰を願って勧請したが、現在残っているのは東光寺のもののみであるという。

高野山奥の院参道にあった霊木の杉根「延命魂」がある。延命や病気平癒の御利益があるといわれ、「延命魂(根)」を撫でた手で自分の体の悪いところや願い事を祈念する。

住所 兵庫県西宮市門戸西町2

松原天満宮

松原天満宮は兵庫県西宮市の神社。御祭神は菅原道真、天照大御神。学業成就・合格祈願のご利益があるとされています。

延喜年間(901~923)、九州太宰府に流されることになった菅原道真が道中この美しい松原を眺め上陸して休息したことから菅原道真・天神様をおまつりするようになったと伝えられている。拝殿左手にある榎の木には、夫婦和合や縁結びのご利益があるという。

住所 兵庫県西宮市松原町2-26

柳原天神社

柳原天神社(やなぎはらてんじんしゃ)は、兵庫県神戸市兵庫区東柳原町に鎮座する神社。天満宮の1つである。

菅原道真が大宰府へ左遷される途次、大和田泊に上陸し、真野ケ原一帯の梅花を賞で、「風さむみ雪にまかへて吠く花の柚にそうつれ匂ふ梅が香」と詠んだ。

境内には、雌雄の木が根本で結ばれ共生した「夫婦イチョウ」がある。この木に触れて祈願すると、縁結び、夫婦円満、子宝に恵まれるという。

住所 兵庫県神戸市兵庫区東柳原町1-12

金剛福寺

金剛福寺は、兵庫県神戸市の真言宗寺院。本尊は十一面観世音菩薩。厄除け・病気平癒のご利益があるとされています。

住所 兵庫県神戸市灘区原田通3丁目5-18

水堂須佐男神社

水堂須佐男神社(みずどうすさのおじんじゃ)は、兵庫県尼崎市の神社。道路から一段高く築かれた水堂須佐男神社境内は、全体が五世紀ごろの築造になる前方後円墳(水堂古墳)である。創祀は天正3年(16世紀)と言われる。末社に、天武天皇社、天満宮があり、こんもり繁った裏山のなかに市の古墳保存館が建てられている。本殿は大正6年造営、拝殿・手水舎・末社は平成7年の阪神淡路大震災で倒壊して平成10年に再建。拝殿には万葉の草花を描いた美しい天井画(鈴木靖将作)がある。境内には、俳人だった先代宮司の「時鳥雨夜となりて人恋し」と自然石に刻んだ句碑もある。安産祈願にご利益があるとされています。

住所 兵庫県尼崎市水堂町1丁目25-7

廣宣寺

廣宣寺は、兵庫県西宮市の寺院。厄除け・病気平癒のご利益があるとされています。

住所 兵庫県西宮市津門稲荷町4-23

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